世界。
鏡を出して顔を見てみると良い。
無いはずだ。
目も、鼻も、口も、眉毛も。ほくろの1つだって無いはずだ。
そのままでは人前に出たら大騒ぎになるのは間違いなしだね。おめでとう。
まあしかしそうなると色々不便で面倒だろう。そこで先程触れた仮面の出番だ。仮面があれば無い顔を隠せる。さらにその仮面は特別製で、それを着けたままで食事も出来る。もちろん飲むことも出来る。
どうなっているかは考えちゃいけない。奇跡だとでも思っておいてくれたまえ。
☆ ☆
「そうだね、まずはこれを見てもらおうか」
男はパチンと指を鳴らす。
その瞬間に周りの風景が一変した。
真白の靄に覆われていた視界が急に開け、その先は数え切れないほどの何かで埋め尽くされていた。
「綺麗……」
詐欺師の少女がそう漏らす。
確かにとても美しい光景だと道化も思った。幻想的で、現実から遠くかけ離れたような、そんな美しさがあった。
だがその美しさは美しいがゆえに、美しすぎるがゆえに、恐怖をもたらした。
道化は恐ろしかった。
これが何なのかを聞くのが。
これから語られるであろう"未知"が果てしなく怖かった。
「今見えているのはね、"世界"だよ。つまり我々は、世界の外側に居る。世界の内側に対しての外側。それが"こちら側"。君たちは生きる場所を違えていたんだ」
今一度周りを覆う存在を詳しく見る。
形が有るようで無い。境界線が無いのに、それぞれがバラバラであることが分かる。綺麗な球にも歪んだ不定形にも見える。
気持ち悪いと思った。
これが"世界"。
世界とはこんなにも、不完全に完全な存在であったのか。醜く美しい存在であったのか。
「その感覚を持ってほしかったんだよ、道化」
戦慄を隠せない道化に男が言った。
「その背反する2つの感覚が同時存在する。それが世界だ。では、その背反の中で最も上位に存在するものは何だと思う?」
道化は思考した。
数多の対義語を思い浮かべては否定する。思考が進むにつれて難しい単語ばかりが思い浮かぶ。
違う。
最上位の存在。
それはきっと、とても単純なものだ。
全ての根源となり、根底となり、基礎となる。そんなもの。
「生と、死?」
行き着いた答えはそれだった。
世界から外れたからこそ失った。
つまり、世界に含まれるならば必ず持っているはずのもの。
「惜しい。間違いではないけど」
生と死に近い。
「創造と破壊だよ」
生と死も、これに含まれるだろう?
そう言って男は笑った。
ニヤリと。不気味に。
「さて、話を続けよう。そんな世界の超越者に必要な能力は?」
「創造と破壊?」
「ご名答。そしてそれは、君たちも持っている。だから君たちは1つの世界に止まり続けることが出来なかった」
創造と破壊の能力が原因で世界に止まれない。
その言い方に道化は疑問を覚える。
破壊はともかく、創造の能力さえも原因に数えるのか。
「ちなみに我々が居るこの空間も、実は世界なんだ」
まあ、他の世界から大分離れたところに作ったけどね。
そう茶目っ気を含めて言った男に、道化はイラッとして思わず小さく舌打ちをする。
「まあ、一番雑に作った世界がこれだと思ってくれていい。ああ、世界の外には出ないことをお勧めするよ。あそこは精神世界に近いからね。下手をすると呑み込まれる」
男はさらりと恐ろしいことを言う。
しかしここから見る限り物質的距離があるはずの世界間―――正しくは世界外だが―――の空間が精神世界に近いというのはどういうことであるのだろう。
そもそもある種不定形とも言える世界において、外との境目はどうなっているのであろうか。ここからではこの世界がどこまで続いているのかがわからない。
「だから分かっているだろう? そんなよく分からないものが世界であると。そのぼんやりとしたものが"こちら側"の――神の――想像力の限界なんだと」
訳が分からない。何が想像力だ。
神とは全知全能ではなかったのか。
道化の口をそんな文句がつきかけるが、男の目が悠然と「そんなこと、人間が勝手に決めたことだろう?」そう語るのを見てそれを無理矢理呑み込む。
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて嘲られるのは勘弁だった。
「さて、世界と"こちら側"の話をしたが、それにはもちろん理由がある」
男の隣で詐欺師の女がようやく本題に入るかという顔をした。
なるほど、ここまでの演説会は全て前座、前置きだったというわけか。冷静にそう分析した道化は舌打ちをした。
さっさと話せよ、ということである。
いい加減顔を返してほしいのが本音だ。
「君たちも世界が作ることが出来るからだよ。偶然や暴走の産物で世界を創って貰っちゃ困るからね。ちゃんと事前にレクチャーするんだ」
「レクチャーってどれくらいかかるのかねぇ……?」
「体感一年?」
「さっさと顔を返して帰したまえ!」
ちなみにここまでの間女性陣は男の横で姦しくお喋りをしていた。
少女と違い、女は一応こっちの話にも耳を傾けているようだったが、実に文句を言いたい道化であった。ちなみに嘲笑と共に二人に指を差されている男は気にしていないようだった。……本当に二人は何を話しているのか。
「さて、特別レッスンを始めよう」
「いや、結構だよ……」
道化の断りは聞き入れられなかった。
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