返されるべきもの。
やあやあ愚かなピエロ君、君がこれを読んでいると言うことは目覚めたと言うことだね?
気付いているとは思うけど、あの後全身解体してから全部繋げておいてあげたよ。親切だろう?
ああそうそう、この手紙と一緒にシルクハットと仮面を置いておいたんだけど、気に入ってくれたかな? あれはプレゼントだ。是非使ってくれたまえ。仮面の方は少々特殊なものだからね。かなり便利だと思うよ。
さて、本題に入ろうか。ここまでは前置きだ。もちろんあげたプレゼントは大切に使ってほしいけど、でもそこはまだ重要ではないんだ。重要なのは次の行からだ。
まだ気が付いていないと思うけど、実はね君から盗んでしまったものがあるんだ。
☆ ☆
ジャラジャラと音を立てて、奇跡で創ったよく分からない場所にに貯めていたお金が大量に溢れ落ちる。
落ちて跳ねるコインと共にヒラヒラと紙吹雪のように紙幣が舞っている。
道化は常時発動していた奇跡がすべて無効化されたのを感じた。
「やあ、よく来たね、道化」
周りは白かった。
ただただ白かった。
かつて自分の故郷で見た、崩壊の先にあった世界のように。
ふと、仮面がないことに気がついた。
あれはあの男から渡されたものだ。恐らく、あの男がもう必要ないと消したのだろう。
「これを、君に返すことが出来る日が来て本当に嬉しいよ」
そう言った男は、見紛うことのない、かつての自分の顔をしていた。
それを見つめる道化の顔は、のっぺりと、何もなかった。
仮面の下に隠れていた顔は、無かった。ただ、のっぺらぼうであった。
かつて盗られたのは、顔であった。
いくら道化でも、他人が自分の顔をしているというのは実に不気味に感じるのだった。
そして実に、不愉快だった。
「どうやら彼女からのお金で、設定された金額に辿り着いたみたいだねぇ」
心の陰りを抑え、チラリと道化は詐欺師の少女を見る。
男の喜ぶ顔は見たくなかった。
「そうそう、詐欺師ちゃんにも返してあげないとね」
「あなたは……っ!」
男の後ろから女が現れた。少女が反応したあたり、彼女が少女の言っていた女だろうか。確かにもう一人の詐欺師とは明らかに違っている。
だが、目を引くのをそこではなかった。
彼女の手元には、顔が浮いていた。
頭ではなく、顔が浮いていた。
何とも冒涜的な絵面だった。
そしてやはり、少女の顔も無かったのである。
のっぺらぼうであったのである。
これが、少女の本当の姿。
……心なし胸がさっきまでよりも小さく見えるのは気のせいであるだろう。
「道化も久しぶりね?」
「何?」
女の言った言葉の意味が分からなかった。久しぶり? しかし会った記憶などない。
神経を逆撫でするような不敵な笑み。
これを忘れるはずが―――いや、忘れるはずもあった。
先程聞いたばかりじゃあないか。
「そういえば、1度会っていたんだね」
少女が来たときに。
もはやその時のことは何1つとして覚えてはいないのだけれど。
「うん、でも覚えていないだろうけどあの時、私はあなたに『はじめまして』とは言ってないのよ?」
「……つまり?」
「こういうこと」
一瞬の光と共に彼女が消えた。
いや、違う。縮んだのだ。
背が縮んで、顔が幼くなって、そして、そして―――
「久しぶりね、道化? 寂しかったって聞いて、嬉しかったわよ?」
そこには、もう一人の詐欺師の少女がいた。
「嗚呼……」
すっかり忘れていた。"こちら側"の人間において、見た目など到底当てにならないものであることを。
そう、彼女は詐欺師なのだ。
彼女もまた、道化を騙したのだ。
「愚かなピエロ君。約束通り君に顔を返してあげよう」
「途中はどうなるかと思ったけど、約束通り顔を返してあげるわ」
二人が顔を差し出す。
道化の顔もまた、男の手元に浮いていた。
自分を侮辱されているような、そんな不愉快さに無い顔を顰める。
「でもその前に、色々な説明をしないとね。こちら側の人間の義務だよ。君たちには知る義務がある」
男が顔の浮いた手を引っ込める。
まだ顔は返してはくれないらしい。
「顔を返しちゃうと、ちゃんと聞いてもらえない可能性があるからね。重要な話だから、しっかり聞いてほしいんだ」
願わくば、その話とやらが自分たちにとって有用なものであることを祈る道化と少女であった。
手の上に顔を浮かべた男女は、道化と少女からは悪魔かそれに類するもののようにしか見えない。
顔を取り返して、今度は何を失ってしまうのか。
「これから行われるのが、悪魔の取引でないと良いのだがねぇ……」
道化はポツリと、そう呟くのであった。
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