消せるものではなく。
今回は少し短めです。いや、まあ段々短くなる一方なんですけど。
「わざわざ死ぬ前に導かなくても、どうせ死んで覚醒していたはずなのに」
何で、何で……と声を漏らす。
彼女の顔には、やるせなさが浮かんでいた。
彼に頼まれることはいつも、彼のためにはならない。彼を思うがゆえ、彼女にはそれが辛かった。
「わざわざお金の制約までつけて、時間をかけさせて、あんな風に彼らを引き合わせて……」
女と男は二人で対の存在。
それは彼らも同じ。
「これじゃあいかにも死なせてあげる気があるみたいじゃない」
死なせてあげる。
この言葉の先にある意味。
それなのにきっと彼はこれからもそれを繰り返し続けるだろう。
彼女自身においては別に気にしていなかった。彼女が気にするのは彼のことだった。
「このままじゃ、彼はいつまでたっても……」
☆ ☆
「ねえ道化、私を殺して」
彼女がここに来たという事実を否定して、私は彼に切り出した。
彼は大して驚きもせず、可愛い娘が来たと思ったのに自殺志願か、と残念がった。
「殺して」
「……」
彼は押し黙って、私を見つめてきた。
仮面の下の目は見えないが、見つめられていることは分かった。
じっと、見つめられた。
私も、見つめ返した。
何れくらいたっただろうか、短かったようにも長かったようにも感じた見つめ合いは、彼の言葉で唐突に終わりを迎えた。
「良いでしょう」
「ああやっぱりダ……え、良いの?」
「良いというより、既に終わっております」
ぐにゃり、と視界が歪み、身体の力が抜ける感覚と、首がずり落ちる感覚が同時に訪れる。
首もとが、妙に熱かった。
何をされたのか分からなかった。
分からなかったゆえに、嬉しかった。
これなら死ねるかもしれない。
だが期待を裏切り私は、そこに立ち続けていた。
首が取れて、倒れそうになったはずなのに。
だが、何もなかったかのように、いつの間にか私はさっきまでと同じように立っていた。
「君は……私と同じなのかい?」
「え?」
「私と同じで、死ねないのかい?」
道化も……死ねない?
いや、何となく分かっていた。
彼女がわざわざ彼を指定したのだ。何かあるとは思っていた。その何かが"死ねない"ことだった。それだけの話だ。
ただ、それが明らかになったとき、彼の様子を見て私は悟った。
もはや彼は、私を殺してはくれないだろう、と。
痛みを共有できる者が居た。
彼は『私と同じ』と言ったとき、その喜びを滲ませていた。それを殺すということは、つまりは"同志"を失うも同義だ。
彼はもう、殺してはくれないだろう。
だから私はやり直すことにした。リセットすることにした。
私は彼を騙し、"会っていない"ことにした。
それから私は、何度も方法を変えてチャレンジし続けた。
失敗しては騙し、騙しては失敗し、失敗しては騙し、また騙しては失敗し、そして失敗しては騙した。それを延々と続けた。
うんざりするほどに、何度も何度も、何十回と、何百回と、繰り返す。
ずっと、ずっと。
手を変え品を変え、姿や性別までもを変え、私は彼を騙し続けた。
世界を渡るときに隠れてついていけるよう、依頼とは別のところでも近づいたりしていた。
そして、あまりにも長い繰返しに私は嫌気が差し……ついていくことにした。
☆ ☆
「私は、あなたを騙していたの。何年も、何十年も前から私たちは既に知り合っていたの」
「……ほう」
私の告白に、彼はただ頷いた。
でも、自分でも分かっている。こんなのはただの自己満足でしかない。
だって私には、この告白さえも"無かったこと"に出来てしまうのだから。
それでもせめて、何か……。
せめて何か、消えないものを。消さなくてすむものを。
彼に渡したい。
言葉などではなく、物を。
私はそこで彼が言ったことを思い出した。
『奪われたものを取り返すためだよ。そのために、私はお金を集めている』
お金ならば。
お金ならばまた繰り返そうと、消す必要はない。
「道化、私は能力の練習で色んなものを騙したわ。その時に、お金も稼いでいたの。でも使う機会はなかったから……あなたにあげる」
「いや、しかし……」
彼は渋った。
何か思うことがあるのだろうか。
それでも私も引く気はない。
「今まで騙してきたことへの慰謝料として、もらってほしい」
私のこの一言に、彼は折れてくれた。
良いだろう、分かったよ。と彼は私の出した大量の金銀銅貨、紙幣、貨幣を受け取ってくれた。
だが、どういうことだろうか。
彼が私の出したお金に触れた瞬間、突然辺りに光が満ちた。
何が起きたのか、さっぱり分からなかった。
だが彼は、
「まさか……っ!?」
と、何か分かっているようだった。
第3章はこれで終わりです。
次の章が一番の盛り上がりになるんではないでしょうか。