おかえり、そしてようこそ。
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「そろそろ彼らが辿り着く日も近いかな?」
男が手を振ると辺りの白が晴れ始める。
何もなかった空間が少しずつ色付いていく様子は、この世のものとは思えぬほど神秘的であった。
だが彼らは別に何も感ずることはない。
これは彼らにとって見慣れた光景であり、そもそも彼らが起こしている現象なのである。もちろん彼らも最初見たときは感動したものなのだが、見慣れるということを通り過ぎて見廃れたとまで言えるほどの数を繰り返していればこの様になるのも致し方の無いことだろう。
「あの二人、ちゃんとやってるかしらね?」
「やっていると思うよ? でなきゃ一生ここに辿り着けないからね。もうすぐってことはそれなりにはやってるってことでしょ?」
白が消え、周りの風景がはっきりと浮かび上がる。
色とりどりの巨大な何かが無数に浮かんでいる。
1つ1つが圧倒されるほどの存在感をもち、それでいて不定形な、大きさのはっきりしない奇妙なものだった。
「うーん、どこも問題は起きてないみたいだねぇ。残念。また暇だ」
彼らを含む"こちら側"の存在はそれらを、<世界>と呼んでいた。
☆ ☆
目の前が真っ暗だった。
何も見えないということを知覚できないほどに暗かった。
光がないとはこう言うことか。
私はそう思った。
私の言う"光"というものが物質的なものなのか精神的なものかは分からないけれど、今は両方だったんじゃないかって思っている。
でも、これが死と言うものなのかはその時にはどうしても分からなかった。
そんな深い孤独の中、私は声を聞いた。
『あなたはそのまま死ぬの?』
これを聞いて私は初めて死んでないことを悟った。
でも、生きていても助かるとは思えないし、助かっても決して良い結果は待っていない。
それを自覚していたから、
―――それでも良いかな。
そう思った。
簡単にそう思えるほどに、生きることを諦めていた。死ぬ気でいてしまっていた。
でも……、
この声は誰のなんだろう。
とても綺麗で、透き通っていて、安心して、どこか不思議で、遥か遠いような気がして、でもとても温かい。
この声の主を見てみたい。
『あなたには生き続けるだけの力がある。死を否定し、己の傷さえをも拒絶するだけの力を、あなたは持っている』
私を包み込むような優しい声は言葉を続ける。
誘うように。惑わすように。導くように。
『望みなさい。あなたの思う世界を。否定し、拒絶しなさい。あなたが望まぬ世界を』
―――死にたくない。
―――私はまだ死んでない。
―――私はこんなところで死んではいられない。
『良くできました』
その声と共に私は光を取り戻した。
「おかえり、生者の世界へ。そしてようこそ、"こちら側"へ」
「"こちら側"?」
世界の眩しさに目を細め、目の前の影へ言葉の説明を求める。
徐々に慣れてきて、女性の姿を確認することができた。
目が見えるようになるまで気付かなかったが、どうやらどこか建物の中で寝転がっているらしい。
情けないけれど、地面が固くなくて寝ていることに気が付かなかった。
ふかふかの布の上に寝転がっているようだ。包み込むような優しさがあるのに私の体重を支えるだけの固さも備えている……凄い。
そんなどうでも良いことに思考を費やしていた仰向けの私の顔を、彼女は覗きこんでいた。
この人があの声の主。
背が高く、長い髪を風に靡かせ、美しい顔でこちらを見つめる。
え、何で靡いてるの? 風無いよね?
物凄く気になったが、すきま風か何かが当たっているに違いないと無理矢理納得させる。
「それはお茶でも飲みながら話しましょうか」
彼女はそう言うと、起き上がった私に何やら固そうで綺麗な容器を渡してきた。器状になっていたそれには茶色い液体がなみなみと注がれていた。
「……水?」
「そういえばあなたは日常的に湖の水を飲んでたのよね……」
どうやら泥水ではないらしく、水とは思えぬほど味があって美味しかった。
「だから水ではないんだけど……言っても無駄ね」
これが水でないなら何だと言うのか。
「お茶よ。―――それで本題に入るけど、あなたは1度殆ど死んだわ。半死にならぬ九割死にね。もっと言うと九割九分九厘くらい死んでいたわ」
それはもはや死んでいたのと変わりないのでは無いだろうか。
「自分の死を否定するには生きていないといけないのよ。おかしな話だけど」
本当におかしな話としか言えない。
近い未来を否定しているのだろうか。
「『私は今にも寝そうです』というのを『I 'm sleeping』というのと同じ様なものじゃないかしら」
「ごめんなさい、何言ってるかさっぱりです」
「そうだったわね……。この世界の人が英語なんて知るはずないわね」
本題に入って早々話が逸れたのは良いのだろうか。
目の前の女性の最初の印象と、今のグダりようのギャップに呆れてしまう。
「ええと……つまりこれからも今回みたいに、その前に否定すれば行き続けることができると言うことでしょうか」
とりあえず話を戻す。完全ではないかも知れないが、少なくとも『エイゴ』とやらよりは戻っているはずだ。
そんなことを考えながら、何となく答えの予想できることを確信をもって訊く。
「いいえ、それは違うわ」
が、返ってきた答えは予想とは真逆だった。
だが、この答は半分だった。そのあとの言葉は私の質問を半分肯定した。
私の予想は半分間違っていて、半分正しかったのだ。
「そんなことをしなくても、あなたは死なない―――死ねないわ」
その日、私は光を失い、取り戻し、そして死を失った。
読んでいただきありがとうございました。