詐欺師の少女。
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もう、騙すのやめようかな。
いや、死ぬことは諦めたくない。
でもこれ以上続けても無意味なことは分かってる。
そろそろ手を変えるべき頃だろう。いや、今更アプローチの仕方を変えるのは遅すぎるくらいだ。
でも遅いからと言って変えずにいると私の精神は壊れてしまうかもしれない。
死ぬことも叶わず、ただただ同じことを繰り返す。よく考えてみると今まで気が狂わなかったことが奇跡だ。
だから、私は決断した。
繰り返すのはやめよう。
だから私はこう答えた。
「はい、一緒に行きましょう」
☆ ☆
旅する道化師のことをどれだけの人が知ってくれているだろうか。
私はたくさんの世界を巡ってきた。
豊かで平和な所もあれば、戦争で多くの人が死に逝く所もあった。そのどちらも当てはまる世界もあった。
滅びかけていた所までもあった。
私の旅には終わりがあるのか。
無いのか。
私はいつか死ねるのか。
死ねないのか。
そんなものは知りようもない。だが、せめて皆には私のことを知って貰いたいものだよ。
孤独は地獄なんだ。
兎は寂しいと死ぬというが。誰であれ何であれ、孤独には殺されてしまうのだよ。
死ねないものからすれば、殺され続けてしまうのだよ。
かつて私が首を切り取られ、死に続け、生き続けたように。
生かさず殺さずならぬ、生けれず死なれず。
ただ暗い闇の中で、血を流し続けることになる。それが孤独というものなのだよ。
☆ ☆
「とりあえずこれでも食べなさい」
有無は言えなかった。
彼女は私の頭を鷲掴みにすると、無理矢理引き起こして何かを口の中に突っ込み、直後飲み物でそれを喉の奥に流し込まれた。
咀嚼も嚥下もあったもんじゃあなかったよ。
長いこと物を入れていなかった胃袋は突然の異物に驚いて、ずっしりとした重みと鈍痛を私にプレゼントした。
「歩ける、道化?」
鈍い腹痛と吐き気に顔をしかめていると、彼女は私を背負い歩き始めた。
私を背負い上げた予想外に小さい背中に驚く。何でもないように歩いていく彼女は何者なのだろうか。
もはや色々と思うことはあったが、とりあえず一番気になったことを訊いておくことにした。
「―――道化?」
「違った? 彼はそう呼んでたけど」
彼、というのが誰なのかは何となく予想がついた。
根拠はないが、恐らく奴だろう。
私は特に意味もなくシルクハットの位置を直す。
「道化……そうなのかも知れない。奇跡を起こす身が奇跡に振り回されている」
別に望んで手に入れた能力ではない。
だが、自分の身の丈に合わない能力であると承知した上で断り切れなかった。
私はあの時断ることも出来た。
不可能ではなかった。
だが、今私はここにいる。
「まさに道化師じゃないか」
思わず自虐的な笑みが零れてしまった。まったく情けないものだよ。
「着いた」
目の前には小さな家があった。
見た目はほぼ小屋と言っても差し支えないものだったが、それでも小屋と呼称するには些か生活感がありすぎた。
中に入ると大きめのテーブルと椅子が正面に見え、奥の方には台所、周りを見渡せばタンスや小物が目につく。
1Kと言うのだろうか、そんな間取りだった。
彼女は私を椅子に座らせると台所へ向かい、お茶を淹れて持ってきてくれた。
そこで初めて彼女の姿を目にすることができた。
もちろん背中や後頭部は見えていたがそういったパーツ以外も含めた全身を確認できた。
予想通りというか、彼女は子供だった。多く見積もって14、5才というところか。
「それであんた、お金を稼がないといけないんでしょ?」
助けて貰っておいて何だが、態度のでかい餓鬼だったよ。
いや、まあただの餓鬼じゃあなかったのは明白なんだけども。
「あんたにピッタリの稼ぎ方があるわ、道化」
不敵な笑みだった。
見た目と不釣り合いなほど大人びた、妖艶な笑み。
彼女は私に命令した。
「―――旅をしなさい」
こうして放浪道化は生まれたのだよ。
しかし彼女は最初から道化として動くことを勧めなかった。
道化ではなく吟遊詩人として、まだ存在していない『放浪道化』を広めることを指示した。
「世界の渡り方ももう分かっているでしょう? 行きなさい。時が来たらまた会いに行ってやるわ。その時からあんたは、正式に道化よ」
随分と一方的に私の今後を決められ、文句の1つも言いたいところだったが残念ながらすぐに外へ出ていってしまってね、その暇もなかったよ。
そのまま彼女は私の前から姿を眩まし、私は独り残された。
それから私の吟遊詩人としての旅が始まった。
といっても彼女の指示に従って、様々な世界を歌って回っただけなんだがね。
歌ったのはもちろん『旅する道化師』さ。歌詞も全て用意してくれていた。
おかげで考える手間が省けたよ。
そして、何年も経ち、数え切れないほどの世界を回った私はついに再会した。
「あんたは道化として生きる資格を持ったわ。これからしばらくその方法を教えてあげる」
「ああ、うん……」
彼女は唐突に私の目の前に現れた。
脈絡もなく、拠点としていた廃墟でふと顔を上げると目の前に立っていた。
「何か言いたそうね?」
私の表情を見てニヤリと笑う。やはり見た目と仕草が一致しない。
「まあ……色々言いたいことや訊きたいことはありますが」
「例えば?」
「あなたの名前とか」
「ぷふっ!」
比較的真面目に答えたというのに今度は(見た目と)年相応な笑顔で吹き出されてしまった。
「ああ、ごめんね……っ。そうそう教えてなかったね、名前。本名は教えられないけど、仮の呼び名は用意してあるから」
「仮の呼び名?」
「あんたも知ってる筈よ」
1つ質問してさらに訊きたいことが増えたがこの際無視する。
しかし、私も知っている?
「―――"詐欺師の少女"。あなたが歌った歌詞に、出てきたでしょ?」
それが呼び名。
道化と旅する、嘘つきの女よ。
彼女は再び容姿と不釣り合いな悪い笑みを浮かべた。
それから何十年もの間二人で旅をした。
なかなか充実した日々だった。
そんなある日、彼女は突然私の元を去った。
何となくいつかこんな日が来ると予想していたから然程驚きはしなかった。だが私は、久しぶりに感じる孤独に独り廃墟の床を濡らした。
私はそれからずっと独りで旅をした。
孤独に不死身の身体を恨みながら。
そして私は、再び孤独を捨てることができた。
☆ ☆
「それが今だ」
しゃべり疲れ、ふぅと息を吐く。手元に冷たい水の入ったコップを出現させ、それを飲み干す。
「面白くもない話だっただろう?」
ただ旅を始めるだけの物語。
奪われたものを取り戻そうとし始めるだけの物語。
「1つ訊いてもいい?」
「何だい?」
「道化は、何のためにお金を稼いでるの?」
そういえばさっきまでの話で言っていなかった気がする。
私としたことがとんだ失態だよ。
やはり長く喋る相手がいなかったからだろうか、それともあまりにも昔の話過ぎたのだろうか。
「奪われたものを取り返すためだよ。そのために、私はお金を集めている」
「そっか……」
「詳しいことを知りたければ、これを読めば良い」
あまりに要領の得ない説明だったことは自覚している。
だから私はあの男からの手紙を、シルクハットと仮面と共に置かれていたあの手紙を、彼女に手渡した。
私が知る限り、2人目の"詐欺師の少女"に。
読んでくださりありがとうございました。