壊れ行く世界。
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第2章ももうすぐ終わります。
2015/4/3 13:49 男の去り際の台詞修正。
「私と一緒に、旅をしないか?」
もう耳にタコができるほど聞いた言葉。
私はこれに対し、色んな答えを言ってきた。何て答えてもどうせ相手は忘れてしまうのだし、本当に適当なことを言って頭のおかしい人を見る目で見られたこともあった。あれは中々に良かった。
こうゾクゾクと、背中に何かが走る感じがしてこう……ああ、思い出すだけで息が荒く……。
蔑んだ目で見られるって気持ち良いんだね。
相手の目、見えなかったけど。
仮面着けてるんだもん。仕方ないじゃん。
今回は何て答えようか。
そろそろストックも尽きてきたことだし。それに、もう飽きてきた。
どうせ殺してもらえないんだもの。
何度やっても無理だった。きっと次もまた失敗する。
もう、騙すのやめようかな。
☆ ☆
旅する道化師のことをどれくらい知っているだろうか。たぶん、ほとんど知らないだろうねぇ。
私自身でさえも大して知らないんじゃあないかな。
そう、人間そんなものさ。まあ私は人間ですらないんだけどね。
人間でないどころか何に位置する存在なのかもよく分かっていないよ。
自分という個体を含む集団が何なのかさえ知りもしない私に、果たして自分個人のことが分かっているとは到底思えないね。
でも、いくら否定しようと逃れることの出来ない確定した事実は1つある。
死ねないことだ。
私はあの日、身体から離れた頭でそれを思い知ったよ。
☆ ☆
「お前はァ、奇ィ跡を使った時点でェ~、死ねなくゥなったんだよォ!」
聞くものを不快にさせる声が辺りに響く。
だがしかし、そんな騒音にも等しい奴の言葉を、私は聞く他無かったよ。何せ他に出来ることも無かったしね。
「俺はァ、奇ィ跡をォ使えるよォうにしただ~けだ。あァの時点じゃあ、まだ"奇跡をォ使えるだァけの"人間だったァ。でェもォ、奇跡を使った時点で、お前はァこの世ェ界の理をォ歪ァめられる存在、こォの世界の理ィに当てはァまらない存在になァッちまったんだァ!」
もはや全身の感覚の無い私は鼓膜の振動を感じる程度しか出来なかった。
生きる希望も死ぬ希望も持てない絶望。私はその存在をひしひしと感じていたよ。私の分断された身体を、そんな絶望が包みこんでいた。
死にたくない。生きたくない。
相反する2つの望みに心が支配されたよ。何の意味も持たない葛藤が、心を埋め尽くしていたんだ。
「全ェてのォ世界におけェる共ォ通の理ィ、そォれは"死"ィッ!! おォ前はそれにィ、当ァてはまらなァくゥなったんだよォッ!」
求めてもいない説明を聞きつつ私は意識を手放すことにした。
まあ、そんなことしたところで死ぬことは出来ないんだけどね。
ただそのとき気になったのは、気を失う直前聞こえた言葉。
「ああ、これだけ貰っておかないとね」
目が覚めると、私はどこか知らない小屋のようなところに居た。起き上がって周りを確認してみたけど見覚えはなかったよ。
暗くはあったが、所々開いた天井の穴から光が漏れていて、周りの様子を確認する分には十分な明るさだった。
でも、そこで私は気がついた。私は繋がっていたんだ。
鎖に、とかではなく"首が"。
そう、首が繋がっていたんだよ。デュラハンのように首が取り外し出来る仕様になっているとかではなく、純粋に、私の首から上と下は1つの身体だった。
一瞬、あの事は夢であったのではないかと思ったよ。でも違う。そう確信させるものが、床に置いた私の手に触れた。
それは私が寝転んでいた頭の近く―――枕元と言いたかったが、残念ながら枕はなかったからね。―――に置かれていた。
それは1枚の手紙と、帽子と仮面だった。
そう、今私が着けているシルクハットと仮面だよ。
ああ、あいつからのプレゼントかと思うと今でもゾッとするよ。でも私は外が嫌いでね、代わりのものを買おうにも、面倒臭かったんだ。
いや、違うね。外に出るのが怖かったんだ。ずっと廃墟に閉じ籠っていた。
外に行けるような精神状態になってからも惰性でね、結局買い替えていない。
それだけさ。
私は手紙を読むと、あることを確認したあと仮面とシルクハットを着け、そして小屋から出た。
何となく小屋は燃やしておくことにした。
今にも崩れそうなほどボロボロだったそれは、奇跡で生み出された炎によって呆気なく灰へとその姿を変えた。
その灰さえも風に飛ばされ、後には何も残らなかった。
それから私の道化としての生活が始まった。
いいや、もちろん最初の方はお客さんなんて居ないよ。
さっきも言った通り、私は引きこもったんだ。―――いつでも人の出入りが出来る廃墟に、だけど。
存在そのものを知りもしない人を訪ねる人はいないし、時々見回りか何かで来る人達は私を見た途端お化けだ何だ言って逃げちゃうしね。
まあ、仮面にシルクハットだ。そう思われるのも仕方ないけどね。
どれくらいしただろう、暗い廃墟で独り、奇跡を使って生き永らえていた―――いや、死なないのにその言い方はおかしいね。―――私は異変に気が付いた。
ピシリ、ピシピシ。
妙な音が周りから聞こえるんだ。
廃墟に限界が来ているのだろうか、崩壊しそうなのだろうか。それにしては音が変だったが。
そして私は見た。
空間にヒビが入っているのを。
ピシ、ピシピシピシ。
ピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシ。
拡がっていくヒビ。
そこからは奇妙な色の光が漏れ、一部空間の破片とも呼ぶべきものが剥がれ、零れ落ちると、そこにはヒビから溢れる光と同じ色の空間が広がっているのが見える。
その空間はこちら側からではまるで上も下も右も左も、果てや自も他も無いように思われた。
何が起きているのか。
まるで世界の始まりであるかのごとく美しく神々しいその景色は、私に恐怖という感情を呼び起こした。
逃げなければ。
困惑する中、それだけは確信することが出来た。このままでは、不味い。
この際不死だの何だのは関係なかった。ただ、ここに居てはいけない。
その意識が私を突き動かした。
ヒビは廃墟の中だけでなく、外の至る所にも入っていた。
私は周りの人々を気にすることもなく走った。遠くへ、行くために。
ただひたすら遠くに、ヒビから逃れられるほど遠くに、遠く遠くに、向かうため。
ただただ。ひたすらに。
私が通り過ぎた場所のほとんどで、多くの人々が異変に気付き、慌て、翻弄され、怒り、悲しみ、恐怖し、祈りを捧げ、逃げ惑い、狂い、笑い、泣き、叫び、死に、消え、絶望し、感動し、諦め、ただ終わりを待った。
遠くはない終わりを。ただ、待っていた。そうすることしか出来ず、恐怖にうち震え、どうしようもない彼らは、その時を待った。
―――そして私が生まれ育った世界は、崩壊した。
爽やかな風が頬を撫でる。
気付けば私は鬱蒼とした森の中で仰向けに倒れていた。
高く天を突く木々の間から射し込む木洩れ日に目を細める。
ここはどこだろうね?
ぼんやりとした思考の中で、投げやり気味に自身に向けて問いを放つ。
もちろん知らぬ答えなど返せるわけでもなく、ただ虚しさが増しただけだったよ。
それから何をするでもなく、何を考えるでもなく、地面に寝転がったまま心身に纏わりつく気だるさに自身を任せていた。
辺りが暗くなっても脱力感は消えることもなく、その場から動き出そうと思うこともなかった。
それからも数日、私はそのまま過ごした。
動く気力は、戻るどころか空腹でさらに枯渇していた。
奇跡で食べ物を出すことにすら食指が動くことがなかった。
「まったく……、こんなところで寝てたのね。まったくあんたの気配を辿るのはなかなか骨が折れたんだから」
そんな私のもとに彼女は現れた。
読んでくださりありがとうございました。
テンポ速すぎるかな……?