六夜
「夜鷹。起きて。ねえ、夜鷹。」
夜鷹は声に気がつき、目を開ける。窓の外は明るく、まだ昼間であることがはっきりと分かる。
こんな時間に誰だよ。
夜鷹は眠い目をこすり、辺りを見渡すと白い蛇がいた。
八岐大蛇!
夜鷹の眠気は一気にとぶ。
「おはよう。夜鷹は夜型か?もう昼過ぎてるぞ。」
夜鷹は懐に入れていた八岐大蛇が書いた五十音表を取り出す。
「そうだよ。よるのとりだからね。」
「そういえば、そっか。」
「きょうは、どうしたの?」
「別に。夜鷹のこと気になって来てみた。あの後、月読様の機嫌は直ったか?」
「うん。おこってなかった。」
「なら良かった。これからは、無闇に部屋のものに触るなよ。」
「うん。」
夜鷹は昨日のことを思い出し、胸元の赤い勾玉を八岐大蛇に見せる。
「ん?それはなんだ?」
「これ、みてて。」
夜鷹は網から降りると、本棚に駆け寄り、適当な一冊を選ぶと、本の上に翳す。すると、本の表紙が渦を巻き、映像が現れる。
「うわ。なんだこれ。すごいな。」
「すごいでしょ。あまてらすおおみかみさまが、これをくれたの。ほんのないようが、もじをよめなくてもわかるの。」
「それは便利だな。この世界の文字は暗号みたいだから、本を読むのは一苦労だしな。」
「やまたのおろちは、ほんをよんだことあるの?」
「まあな。」
「すごい。かっこいい。あたまいいんだね。」
夜鷹はキラキラと尊敬の眼差しを八岐大蛇に向ける。八岐大蛇は、居心地が悪そうに夜鷹から目を逸らす。
「まあ、お前はそれがあるからいいじゃねえか。」
「うん。でも、これはつくよみのみことさまのちからがないとよめないから。」
夜鷹が残念そうに、勾玉をしまい本を捲る。
「本、読みたいか?」
「うん。」
「…俺、教えてやろうか?」
「ほんとう?」
夜鷹は驚いて八岐大蛇を振り返る。八岐大蛇は、赤い下をチロチロとさせて、どこかニヤニヤしているようだった。
「言っとくが、俺はかなりスパルタだぜ?」
「おねがいします。おろちせんせい。」
「お!いいね。よし、じゃあとりあえず、あの本からいくか。」
八岐大蛇は尻尾で、本棚の本を示す。
この本じゃあダメなのかな?
夜鷹が不思議そうにしていると、八岐大蛇は夜鷹の考えを読む。
「分かってないねえ。本にも難しいのと、簡単なのがあるんだよ。そんで、その本は激ムズ。映像だから分かりやすいだろうけどさ。」
そうなんだ。映像だけじゃ、分からないこともあるんだ。
「ほら、とっと始めるぞ。日が暮れたら帰らねえと。」
夜鷹は大きくうなづくと、八岐大蛇が指定した本を持ってくる。本の大きさは他のものと同様に、夜鷹の体の半分ほどあったが、かなり薄いものであったため、夜鷹は引きづらないで、持ち運ぶことができた。
「まずは、題名からだ。これは"たけ"、これは"とり"、これは"もの"、これは"がたり"だ。だから、この題名は?」
「たけとりものがたり。」
「そう。じゃあ、内容だな。」
八岐大蛇は器用に尻尾の先で、本のページを捲る。夜鷹は本の真ん中で解説をする八岐大蛇の上から、本を覗き込むようにして八岐大蛇の解説を聞く。
八岐大蛇が言ったように、書き言葉は話し言葉と異なり、文法がきっちりと決められていて、守るべき規則が多かった。
「それじゃあ、今日はここまで。俺が次に来るまで、しっかり復習しとけよ。」
夜鷹は弱々しくうなづく。八岐大蛇は、夜鷹を励ますように、夜鷹の腕に絡みつくと、スルスルと唯一の出入り口から出て行ってしまった。
外は日が沈みかけ、空が赤い。
月読尊様は、まだ起きてこないだろうなあ。
夜鷹はそのまま、八岐大蛇に教わった所を何遍も見直す。赤い勾玉の力は既に底をついていた。
「何をそんな熱心に眺めている?」
月読尊様、おはようございます。
「ん?こんな本あったか?」
月読は夜鷹から本を受け取ると、ページをパラパラと捲る。
月読尊様の本棚にあったものです。これで、本を読む練習をしようと、思いました。
「本を読む?姉さんからもらった勾玉が、あるじゃないか。」
…そうなんですけど。
「別に、無理をすることはない。ほら、今日の分。」
ありがとうございます。
月読は夜鷹の勾玉に手を翳す。仄かに輝きだした勾玉に、夜鷹は少し嬉しくなる。
その本は、月夜見尊様に関係ありそうですか?
「…ん?ああ。あっちか…」
どうかしましたか?
「君、月読尊と月夜見尊どっちも、同じ読み方で紛らわしい。私のことは月読で構わないよ。」
え…あ、はい。分かりました。月読様。
月読は夜鷹に呼ばれて、満足そうにうなづく。そして、夜鷹に本を返して何も言わずに文机の前に腰を下ろす。
夜鷹は少し首を傾けるが、すぐに気を取り直して、月読から手渡された本を再び眺める。その本には文字だけでなく、どこか愛らしい絵が添えられている。夜鷹は、その絵を眺めているとどこか気持ちが暖かくなった。




