五夜
いつものように夜鷹は、夕日で目を覚ます。月読に作ってもらった寝床は、慣れてみるとなかなか居心地がよく、安心してよく眠れた。
ハンモックの中で夜鷹は伸びを一つすると、床を見渡す。それほど広くはない部屋のため、かなり汚れていた床は、たった一日半で見違えるもように綺麗になってしまった。それとは引き換えに、夜鷹の服は、見る影もなく黒ずみ、元の色が分からなくなってしまった。
ああ、あんなに綺麗だったのに。このまま床に降りたら、余計に汚してしまいそうだ。
夜鷹はそのまま、月読が鏡の中から出てくるまで、ハンモックに腰掛けて待ち続けた。
窓の外がすっかり暗くなる頃、月読は姿を現した。夜鷹がハンモックに腰掛けているのを確認すると、少し口角を上げる。
「君に手紙だよ。昨日八岐大蛇が届けてくれたみたいだ。」
夜鷹は、ハンモックから飛び降りると、月読の元へ駆け寄る。
ありがとうございます。あ、でも僕、文字読めないかもしれないです。
「大丈夫。姉さんからの手紙だから、文字じゃないだろ。」
夜鷹は、その場で手紙を開封する。中には勾玉が一つ入っていた。夜鷹は、勾玉を手に取り、右目に近づけよく観察したり、鼻に近づけ匂いを嗅ぐが、勾玉は何も反応しない。夜鷹は助けを求めるように、月読を見る。月読も不思議に思ったのか、夜鷹から勾玉を受け取る。途端に勾玉から天照大神の声が響きだす。
「久しぶり。夜鷹はもうその部屋に慣れたかしら。月読は、ちゃんと面倒見てるんでしょうね。まあ、このメッセージが聞けたってことは、無視はしてないみたいね。安心したわ。今回、この勾玉を送ったのは、頼み事に関係するものよ。この勾玉は特殊な物でね。勾玉自体に力はないんだけど、力を注ぎこめばその力を蓄えておくことが出来るの。そして、この勾玉の能力は解読。つまり、夜鷹にはこれから月夜見尊との交渉に向けて、何か武器になりそうな知識を身につけていて欲しいの。その部屋には月に関する本の他に、月夜見尊に関する文献も置いてあるはずなの。それを見つけ出して、この勾玉を使って、解読してちょうだい。夜鷹にはこの勾玉に蓄える力はないから、これを聞いてる月読は毎日この勾玉に力を蓄えること。それじゃあ、また連絡するわ。」
やや早口な天照大神の説明が終わり、月読と夜鷹は顔を見合わせる。
「そういうこと、みたいだ。」
ですね。
「じゃあ、まあ。とりあえず、今日の分ってことで。」
月読は勾玉を握り込む。再び手を開くと、勾玉に紐が付いていた。
「これで、首からかけておけるだろう。」
ありがとうございます。
夜鷹はにこやかに、月読から勾玉を受け取り、首にかける。
良かった。これで、手がかりが見つかるかもしれない。
ふと、夜鷹は昨日からひっかかっていたことを質問する。
あの、昨日はどうして八岐大蛇はこの部屋に入ってこれたのですか?結界が張られてるんですよね?
月読は文机の前に腰を下ろして、半身で答える。
「結界は外から入ってくるものにではない。中から出て行くものを防ぐために張られている。だから八岐大蛇は入ってこれる。」
では、八岐大蛇はどうして、この部屋から出て行けたのですか?
月読は視線で、夜鷹の視線を誘導する。月読の視線の先には壁に小さな穴が空いていた。
あんな穴。塞がないと大変じゃないですか?
「大丈夫。あの穴から出て行けるのは、八岐大蛇くらいだ。月夜見尊は、今私の体と同調しているし、君だって、手が入るかどうかだろ。」
そう、ですね。
夜鷹は実際に穴に手を入れてみるが、腕の関節にいく前に、ひっかかってしまう。
「そこは八岐大蛇専用だ。結界もそこだけ張られていない。出入り自由というわけだ。」
でも、昨日は夜になる前に八岐大蛇は帰って行きました。
「あまり長くこの部屋にいると、部屋から出られてもこの屋敷を覆う結界からは出られなくなる。君は因みに手遅れだ。」
へえ、そうだったんですか。
夜鷹は感心したように、うなづく。月読は呆れたように、夜鷹に質問をする。
「もう少し、がっかりしたらどうだ?君はあんなに、外に出たがっていたじゃないか。」
そうだったんですけど…窓からの景色も、充分綺麗だと気がつきました。
「…そうか?」
月読は窓に向き直ると、そのまま書き物に没頭し始める。夜鷹もこれで会話が終わりと気がつき、早速手当たり次第に本を引き出しては開いていく。
本を読むだなんて、梟のおじさんだってそんなこと出来なかったのに。
夜鷹は胸につけた勾玉を本に翳しながら、本の中身を解読していく。月読は、熱心な夜鷹を横目に見ながら、作業を続ける。
「君、そんな暗いところで本が読めるのかい?」
月読の部屋に灯りはない。窓からの月明かりだけが、唯一の光源だ。
はい。この灯りで十分です。
「そう。でも、もし君が見えづらいなら、昼間だけこの机を使っても構わないよ。」
え…。とても嬉しいです。僕、机とか使ったことないので。でも、申し訳ないのですが、僕は夜にしか起きていられません。
「…そうなんだ。じゃあ、窓際で読んだら?その方が読みやすいし、目も疲れない。」
はい!
夜鷹は自分の体の半分ほどの大きさの本を担ぎ、窓際の月読の隣に陣取る。月読は夜鷹が隣に来たのを横目に確認すると、再び文机に向かって書き物を続ける。
その夜、夜鷹は隣に誰かがいることの安心感を知ることができた。




