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夜鷹  作者: mokecke
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初夜

夜鷹は目が覚めると、光に満ちた世界にいた。辺りを見渡せば、ただ広い高原にあちらこちらに花々が咲き乱れ、どこにも夜鷹以外の気配を感じない。空は突き抜けるような青空で、遥か彼方にサンサンと輝く太陽は、生きていた頃よりも優しい光を夜鷹に降り注いでいるように思えた。


何だか、僕はこんなところにいて良いのだろうか。


夜鷹はあまりに完璧な世界に、寝そべっているのが申し訳なくなり、せめて起き上がろうと、地面に肘をつく。そこで、ふと夜鷹は大事なことに気がつく。


「あ、あれ?僕の羽…」


夜鷹は上半身を起こすと、かつて羽であったはずのものを見る。羽毛はなく、ツルツルとして頼りない。羽先は5つに分かれて、奇妙に動かせる。


これじゃあ、もう空は飛べないな。


5つに分かれた羽先を、曲げたり伸ばしたりして、少し落ち着くと他にもおかしなことに気がつく。


僕、体に羽毛がまるでないや。これじゃあ、まるで人間みたい。


夜鷹はゆっくりと立ち上がると、片足に重心をずらし、引きずるようにもう片方の足を前へ移動させる。


「あ、歩けた。」


夜鷹はヨロヨロと、なんとか前に進み、ようやく細い川までたどり着く。川の淵で膝をつき、水面に映る自分の顔を確かめる。流れの緩い穏やかな川は、夜鷹の顔をハッキリと映し出す。


醜い。


夜鷹の顔には、鳥の頃からあった茶色の斑が痣のようについていた。夜鷹は、また立ち上がると、川に沿って歩き出す。

歩くことに慣れてくると、今度は飛ぶように大股で歩き出す。


なんだろう。楽しい。


今までに感じたことのない幸福感が、夜鷹の胸に満ちてくる。夜鷹は、川に沿って延々と歩いたり、走ったりを繰り返した。しかし、どこまで行っても周りの景色に大差はなく、誰にも会うことはなかった。

気がつけば、夜鷹の頭上で輝いていた太陽は、西の地平線に沈みかけていた。西日に照らされた草原は、最初に感じたものとはまた違った美しさを感じ、夜鷹は歩くのをやめて膝を抱えて座り込む。ゆっくりと地平線に沈んでいく太陽を見ながら、この世界の広さを感じていた。

やがて、夜がくると、太陽に代わり無数に散りばめられた星々が、夜の闇を彩る。夜鷹は、すっかり腰を落ち着け、再び寝そべると星の瞬きを思う存分鑑賞していた。無数に輝く星々の中に、一つ徐々に光が強くなるものがあった。夜鷹は、その星から、目を離すことが出来ず、観察していると、みるみるうちにその星は夜鷹に近づいてくる。


ぶつかる!


夜鷹は咄嗟のところで、その光から逃れる。


近くで見ると、すごいな。眩しくて目が潰れそうだ。


夜鷹は両腕で目を庇いながら、その光源に人型があるのを見てとる。その人型は、夜鷹に向かって片手を伸ばすと、夜鷹ぎ今までに聞いたことのない言葉を発する。突然、その目が潰れんばかりの光は消え、中から美しい女性が現れる。

豊かな髪は黄金で、緩くウェーブがかかっている。


まさか…


夜鷹が小鳥の頃に、親鳥に聞いた神話を思い出す。


「ようこそ。天界へ。」

「天照大神様…」


夜鷹の口からは、無意識にその名前が出ていた。天照大神は優しく夜鷹に微笑みかけると、ゆっくりとうなづく。


「いかにも、私は天照大神。あなたをここに呼んだのも私です。」


夜鷹は慌ててひれ伏す。


「大丈夫。あなたは、私にひれ伏す必要はないわ。あなたに先ほど、最後の術を施しました。これで、あなたは天界の仲間です。さあ、顔を上げて。牛車を呼んであるの。乗って。」


天照大神に促されるように、夜鷹は黄金に輝く牛車に乗り込む。天照大神も夜鷹の隣に乗ると、牛車はゆっくりと動き出す。夜鷹は、緊張しながらも、ここに来てからずっと気になっていたことを聞く。


「あの、僕はここで何をすれば良いのでしょうか?」

「ええ、そうだったわね。」


天照大神は夜鷹の問いに、少し顔を曇らせる。


「実は、あなたに私の弟の月読尊の話し相手になってほしいの。訳あって、月読尊は部屋から出られないの。一人で篭ってばかりでは体に悪いし、それ以上に精神的に良くないわ。あなたに話し相手になってもらえれば、少しは心も休まるんじゃないかしら。」

「そ、そんな。僕なんかで大丈夫でしょうか?顔だってこんなに醜いし、声も鋭くて優しさがない。」


夜鷹の落ち込み方に、天照大神は少し考えてから、夜鷹の首元に手を添える。


「なら、声を封印しておきましょう。」

「え?大丈夫でしょうか?」

「ええ、問題ないわ。月読尊は心を読み取ることが出来るのだから、声がなくても平気よ。」


天照大神は再び呪文を唱えると、夜鷹の声は完全に出なくなってしまった。夜鷹は口をパクパクさせて、何か音を出してみようとはするが、何もその喉からは出てこない。


ありがとうございます。

「いいえ、大したことじゃないわ。あ、後は顔だったわね。」


天照大神は身につけていた羽衣を外すと、夜鷹の顔に巻きつけた。


「これで、我慢してちょうだい。顔形を変えるのは難しくてね。」

ありがとうございます。これで、少し安心して月読尊様の元へ行けそうです。


ふと、夜鷹はここまで良くしてくれる天照大神に疑問を持つ。


あの、大変失礼だとは思うのですが…

「願い事の続きから話しましょう。」


夜鷹の心が読めている天照大神は、夜鷹の疑問に気がつき、先回りして答える。


「今の話は、表向きの話よ。ここからが本当の頼み事。訳あって、月読尊はある部屋に閉じ込められていると言ったわね。」


夜鷹は頷く。


「あなたは月読尊が二人いると、知っているかしら?」


夜鷹は目を見開く。


「知らないみたいね。私の弟の月読尊は力が誰よりも強くて、一柱の神体ではその力を制御しきれなかったの。だから、もう一柱生み出して、力を分散させたの。それが月夜見尊。月夜見尊は生み出されてすぐに、夜の世界へと送られて、月読尊と出会うことはなかったわ。」


そこで、天照大神は言葉に詰まる。


「何故だかは分からないの。だけど、ある時月読尊と月夜見尊は出会ってしまったの。元は一つの力だった二柱の力は、引き合い、再び一つになってしまったの。でも、それぞれが歩んできた道が違うせいで、一つの神体に二つの神格が住み着いてしまった。月読尊はずっと天界で、月の観測をして管理していたから、月の出ている夜は、月読尊の神格が現れるわ。だけど、月のない夜は…」

月夜見尊様の神格が現れるのですね。

「そう、そうなの。月夜見尊は、自分が封印されたと思っているわ。それで、なんとかして元に戻ろうとするの。元に戻るのは、賛成よ。だけど、月夜見尊はずっと黄泉の国で夜の世界を治めていたから、月夜見尊の側に寄るだけで死の呪いがかかる。だから、私達は月読尊に協力してもらって、ある部屋に結界を張って月読尊ごと閉じ込めたの。」

しかし、それでは…

「あなたの想像通りよ。さらに、月夜見尊の疑惑は深まって、今では完全に私達を敵視しているわ。月の出ない夜になると、何とか結界を破ろうと、手当たり次第に暴れまくる。今までもあなたのような子にこの頼み事をして来たのだけれど、月夜見尊の夜を何度か過ごして、スッカリ放心状態。」


夜鷹の体は無意識に震える。


「今更、やっぱりなしはないからね。それに、本当の頼み事はここから。」

え?

「あなたに、月夜見尊に探りを入れてほしいの。」

何故ですか?

「再び二つの神格を分けるには、それぞれのことを知らないといけないわ。初めは生まれたばかりで、何の思い出もなかったから、単純に分けることが出来たのだけれど、今はそれぞれに歴史があるわ。その歴史がそれぞれの神格を作ってきたのだから、その辺りを考慮しないで分けると、今の月読尊半分と月夜見尊半分をつなぎ合わせただけの神格が2柱出来るだけになってしまうの。」

…分かりました。しかし、月夜見尊様の側では死の呪いがかかってしまうのですよね?

「天界にいるものは死なない。ただ、心を失えば徐々に消えていくけど、月夜見尊の呪いは心を失わせるものではないわ。ただ、死ぬほど苦しいけどね。そう、心を自ら手放すほどに…」

なるほど、それで地獄の日々ということか…


固まって動かない夜鷹に、天照大神は無理に明るい声をかける。


「でも、まあ悩んでも仕方ないわ。もう引き返せないのだから、あなたが私の願いを叶えて、私があなたの願いを叶えるのが一番なんじゃないかしら。」


天照大神の言葉に、夜鷹も恐怖で震える手を握り込み、頷く。


「さあ、それじゃあ。服を着替えましょう。」


そう言う天照大神を見ると、牛車の中が先ほどまで畳二畳ほどの広さしかなかったにも関わらず、何故か5倍ほど広くなり、天照大神が立ち上がっても天井に頭がつかない位に天井も高くなっていた。


「そうね。月読尊の側近なんだから、こういう感じかしら。」


天照大神が夜鷹に手をかざすと、一瞬夜鷹の体に風が吹き抜ける。次の瞬間には、夜鷹の服は変わっていた。

夜鷹は立ち上がり、自分の体を確かめる。


「うんうん。よく似合ってるわ。やっぱりあなたくらいの男の子は、半尻よね。」

これは半尻というのか…


夜鷹はその着物の色に、目を奪われていた。鮮やかな空色と袴の白が、まるで昼間に見た広大な空を思い出したからだった。


「さあ、着いたわ。」


天照大神に促されて外を見れば、大きなお屋敷が高原に一軒建っていた。


夜鷹はまだ歩き慣れないため、沓ではなく草履で牛車から降りる。門の前で天照大神は、立ち止まる。


「私はここまで。あまり、私のような力の強い神が近づくと、折角張った結界が壊れやすくなってしまうの。」


夜鷹は急に心細くなってくる。


「大丈夫。また、来るわ。それに、私、あなたに期待してるの。あなたなら、何かこの状況を変えてくれそうな気がする。」

そんな、期待だなんて。天照大神様にそこまで褒められては、何も出来なかったときに申し訳がつきません。

「じゃあ、頑張って。その羽衣、プレゼントするわ。」


天照大神は、門の前に両手をかざすと、眉根に皺を寄せ、歯を食いしばる。すると、門の扉が大きな音を立てて、開き始める。


「今よ。」


天照大神の一声に、夜鷹は扉の隙間に体を滑り込ませる。夜鷹が敷地に着地すると同時に、夜鷹の後ろで扉が堅く閉ざされる。


とうとう、着いた。


夜鷹は、屋敷を見て唾を飲む。再び襲ってくる恐怖に、天照大神からもらった羽衣を掴み、何とか震えを抑える。

夜鷹は玄関の引き戸を開け、草履を脱ぐときちんと揃えると、玄関から長く伸びた廊下をまっすぐに進む。廊下は長く、どこにも戸や窓はない。唯一の戸は、一番奥に引き戸が一つあるだけだった。


あそこか。


夜鷹は戸をノックする。中から返事がない。再びノックする。返事がないが、しばらく戸の前で待つ。中からまるで物音もしない。


おかしいな。夜だし、月読尊様も起きていらっしゃるはずなのに。


あまりノックしすぎるのも、失礼に思われて三度目のノックは躊躇われる。


今日は月が出ていたはずだし、月夜見尊様ではないはず。


夜鷹は悶々と、引き戸の前で悩む。


まさか、倒れていらっしゃるとか…具合がよろしくないとか…


失礼を承知で、夜鷹は引き戸を何度も叩く。声が出ないため、心の中で何度も呼びかけながら、幼子が駄々を後ねるように、引き戸を叩く。


「うるさい。開いてる。」


引き戸に縋るように、戸を叩いていた夜鷹は勝手に開いた扉によって、前につんのめって豪快に転ぶ。埃まみれの床で、せっかくあつらえてもらった新しい服は、埃で黒く汚れてしまった。


「君が新しい人か。どん臭そうだな。」


声のする方を見上げると、閉ざされた大きな窓に浮かぶ月を背に、銀髪の青年が立っていた。腰まで伸びた長い髪は無造作に一つに括られ、透き通るように白い肌に、髪よりも強い光を発する銀色の瞳。


まるで、色が無いみたい…


「聞こえてるぞ。まったく、主人の前で頭巾も取らないとは、どこの馬の骨とも分からんな。」


そう言って、月読は夜鷹の頭に巻きつけた羽衣を剥ごうとする。


やめてください。


夜鷹は羽衣を掴み、剥がれないように身を固くする。


「痛。なんだこの布。何か細工してあるのか?」

これは、天照大神様からいただいたもので、僕の顔があまりに醜いので、隠すのに使うようにと…

「ふうん。まあ、いいや。」


月読は急に夜鷹に興味をなくしたのか、踵を返すと窓際に置かれた文机に向う。夜鷹はどうしたら良いのか分からず、ただ立ち尽くす。そのうちに、月読は急に立ち上がると、文机に山のように積まれていた本を軽々と持ち上げ、本棚に片付けていく。


お手伝いします。


夜鷹が駆け寄ると、銀色の瞳が夜鷹を射すくめる。夜鷹は蛇に睨まれたカエルのように、その場に停止する。


「いらん。君はせいぜい私の視界に入らないように生活しろ。分かったらあっちへ行け。」


月読が目を逸らし、再び本棚に本を戻す。夜鷹は、恐ろしくなって部屋の隅でただ丸くなっていた。


鷹に殺すと言われたときでさえ、勇ましく言い返すことのできたのに…天界に来てからは、恐ろしいことばかりだ。


夜鷹は頭に被った羽衣を強く握る。最後の天照大神との会話を思い返す。


でも、僕は星になりたい。


気がつけば、夜鷹は部屋の隅で膝を抱えたまま眠っていた。



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