第九話 英雄 3
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空の欠片が落ちていく。欠けたパズルの一部が欠落した場所。ただ白く、何かが足りないことを示しているそれは、世界の終わりを静かに表していた。
「おい、ちょっと待てよ!」
後ろから誰かがついて来る。
自分のことをハイルと呼ぶ少年は、目の前のテイナを必死に呼び止めようとしていた。
ハイルの目に映っているのは、テイナが背負う、テイナの倍以上の大きさがある荷物。
「どうして、どうしてなんだよ」
不思議に思うべきであった。
絶望を感じない、二つの瞳の輝きを。
先に掲示したハイルの問い。これは、どちらにせよ世界から己が消滅するという意味になる。
そこには、はっきりと自分が自分だと言える自分がいないわけだ。
その自分は既に別の存在となっていて、前の自分と同じなのだと気付いたとしても遅い。
だから、ハイルはテイナを消したかったのだ。
テイナ以外の民は全て消えた。言われるがままに行動していた人間は従順で、何も疑問を持たずに次の人生を歩みだした者もいれば、開いている扉を自分で閉じた者もいた。
しかし、こいつは違うとハイルは追いながら思う。
何を言っても聞かない。今まで得ていたはずの自由は不自由だと分かった瞬間、掲示した問いに対しての答えに当てはまらない答えをテイナは言ってのけたのだ――。
ハイルの耳に入ってきたのは、消していった民の大半が告げた言葉。
「私、またお店を開きたいの」
この国の民は、それぞれが何かしらの特技を活かして店を営んでいた。それをこれからも続けたいと考えることは酷く当たり前で、平凡である。
けれどテイナはこの先、他の民とは違った別の言葉を続けた。
「元の世界で」
はっきりと、そう言い切るテイナの黒い目に、迷いは感じられない。
元の世界。その前にまず、今の世界について話していく。
魔神が出現する際に、存在を世界に保つために巨大な空間を出現させ、その空間から放出される魔力を糧に自身の姿を保つ。
その巨大な空間が、奈落である。魔神が存在する限り、奈落は消えることなく、瘴気と呼ばれる空気を放出する。それが魔力の素なのだが、人の身でその空気を一度吸い込めば、魔神の虜として生きる事になる。
それは、奈落に吸い込まれた者も同様である。抗えず、立ち向かわず、それを行なうことが自分の意思であるかのように錯覚する瘴気、魔神の瘴気は人を狂わせる病気のようなものとして考えられている。
そして、奈落が一度飲み込んでしまった場所は、一つ内側にある世界を司る年輪のような輪の内部に上書きされていく。テイナは、その上側にある世界、奈落が出現した側の世界に戻りたいと言っているのだ。
「もう、ここでは生きることができない。そう言ったよね? なら、元の世界に戻って、店を開きたいの」
「それは、許されない」
奈落に入ってしまった生命は、生を無くし、命を縛られる。
生を無くした時点でそれは生き物で無くなり、動き始めた時点で命は魔神の物となるのだ。
その支配を逃れて元の世界に戻ったとしても、無くした生が戻らなければ、命を持って歩き出すことなどできない。
複雑で、面倒な論理。死んだ状態で世に降りることになることを、意味していた。
ハイルにはそれが分かっていた。加えて、テイナにそれを話せば、諦めるだろうと思っていた。
思っていた。
つまり――テイナは諦めなかったのだ。
頑固。誰が何を言っても聞かない。今までテイナを支配してきた魔神はいなくなり、ハイルも権利を放棄するつもりでいた。
だから、意思を尊重したかったのだ。一旦、この世界を統べる魔神となり、民を全員無理矢理消しても良かった。だが、その方法は使いたくないとハイルは考えていたのだ。
最後くらいは、自分たちで決めさせてあげたい。
その気持ちがハイル自身を蝕んでいることに、ハイルは気付いていない。
現状、テイナのような者が現れてしまった状況がそれに近い。
「じゃあ、いいよ。勝手にするから」
後悔していたハイルを他所に、知らない内にテイナの身支度が終わっていた。
全ての支度を整え、出現させた精霊に荷物を持たせると、外に飛び出していた。
7~9 英雄 END