第八話 英雄 2
空の色。
そう聞かれれば、最初に連想されるのは澄み渡る青い空に違いない。
だけど、その概念は通用しない。
何故なら――今日の空の色は、どこにも無かったからだ。
目の前に立っていた、ボロ布にも近い上下の衣類を着ていた少年は少しだけ頬を動かすと、先ほどの無愛想な表情とは打って変わり、好感が持てる顔になる。
今抱いた好感の二文字。すぐに思い直したテイナは、好奇心の方が正しいことに気付いた。
自分の事を視認できた人間は、村の人以外いなかったから。
少年との出会いに一つ疑問点を上げるとすれば、この少年が村の人かもしれないという点だろうか。
しかし、テイナは目の前の少年が村の人では無いと言い切れる自信があった。
この村も、どこからやってきたのか分からない新しい村人が増えることはある。しかし、増えた数だけ村から人が消えていくのだ。
加えて、その増えた村人は消えた村人の代わりとして扱われ、まるで初めからその場に居たかのように振る舞い始める。
記憶も、存在する全ての村人と共有される。テイナも何回か経験している出来事だが、そこに違和感は抱かない。
いや、一切何も思わないと言い変えたら嘘になってしまう。ただ「あ、変わったね」と一言、それだけだった。
そう、この少年の記憶はテイナの中には無かった。
だから、目の前の少年はテイナの知らない、どこか遠くから来た人物ということだ。
「こ、こんにちは!」
「おう、こんにちは」
立ち上がり、頭を下げるテイナに対し、少年は快活に応えた。
初めての外の人間との接触は、好印象であった。
問題はこれから。一体何を話していこうかと考えていたが、相手に先を取られてしまう。
「お前、もう店を閉じていいぞ」
「はい?」
思わず聞き返す。
未だ空は明るいのに、店を閉じる理由がどこにあるのか。そもそも、店の鍵を開けた覚えは無く、この少年はどうやって家に入ってきたのかと不思議に思うテイナ。
「他の村人はみんな送った。もう、ここに来る者はいないし、道具を作り続ける毎日を繰り返すお前の人生は終わりにしなくちゃいけないんだ」
「……意味が分からない」
道具を作り続ける毎日。
テイナの人生の半分は、道具を作るという一つの動作によって成り立っていると言っても過言ではないが、それを終わりだと、この見知らぬ少年に言われても止められるわけがない。
「どうして、あなたに終わりと言われただけで道具を作れなくなっちゃうの? 村のみんなを送ったってどういう意味なの?」
少年――ハイル・ライクスは話す。
いつか、どこかで聞かされた覚えのある、この世界の仕組みを。
そして、その仕組みについて話し終えると、ハイルは自分の存在とこれからについて、話し始めた。
「俺は魔神だ。元々この世界に居た魔神は俺が葬った。あれじゃ、何も救えないし、守れないだろう。だから、俺がここの新しい主となって、世界を統治する。その最初の方針として、国民には消えてもらおうかと思ってさ。もちろん、消えても生き続けられるように配慮はする。現界に新しい生命として生まれるのもアリだし、このまま消えても誰も怒らない。さぁ――どうする?」
選択。
テイナはこれまでの人生で、自分で何かを選んだことがあったのだろうかと考えていた。
「どうも、しないよ」
全て他から与えられ、自分でそうしなければならないと考えて行動したことなど無い。魔神によって意識を強制的に支配され、単なる駒として動かされていた自分に、突如として自由を与えられても困る。
「勝手だよ、みんな」
それなら、否定して生きよう。
この世界がテイナを必要としないなら、つまりそれは世界がテイナを放棄したのだと一瞬だけ、思う。
けれどテイナは、閃いていた。その閃きが正しいのかも、間違っているのかも分からない。
自分には道具を作ることしかできない。
それなら、道具を作り続ける事が出来る、他の人が必要としてくれる道具を作ることができる技術を得よう。
そういうことが出来ていた、今のような場所を目指そう。
だから、頑張ろう。
「じゃあ、お願いを聞いてくれる?」
「お、良いぜ。何でも言ってくれ」
耳を傾ける、自分のことを魔神だと呼称した少年――ハイルの表情が一変したのは、それからしばらく経ってのことだった。
一ヶ月という長い間、お待たせした挙句、この短文で申し訳ありません。
やっと就職活動が終わり、この作品へと手を伸ばしていける程に生活を戻すことができたので、執筆を再会していきたいと思います。
年内終了を目処に書いていきますので、投稿ペースのばらつきの多さには目をつむって頂けると幸いです。
では、また次のお話で。