第六話 世界 3
2014/05/04 本文修正
1.
震える手。生き物を倒すために用いた事が無かった道具。いや、これは道具ではなく、身を守るための武器と呼んだ方が正しいはずだ。
「覚悟して下さい!」
天井に吊るされる火が、目の前の化物のおぞましさを表現する。
↓
震える手。生き物を倒すために用いた事が無かった道具。いや、もうこれは道具ではなく、身を守るための武器と呼んだ方が正しいはずだ。
「覚悟して下さい!」
部屋の明るさを維持するために天井に吊るされていた火。目の前の化物のおぞましさを影との二重で表現し、恐怖心を煽ってくる。
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黒い手がテイナに迫る。
急変していく村長の姿。皮膚を覆う肉の壁が踊り、黒々しい血の管が皮膚を裂いて宙を動き回る。
落ち着かない足取りに、視点が定まらない眼。自然により生まれる魔物と呼ばれる存在に類似していた村長だった生き物は、テイナの頭を執拗に狙っていた。
何をしようとしているのか、何となく分かる。
――これまでもきっとそうだとすると、他の村人もそうに違いない。
とにかく、テイナは広いとは到底言えない店内で、逃げ回る事しか出来ずにいた。
外に逃げるという選択は、無い。
何故なら、その出口は予め用意されていた出口なのだから。テイナを操っていた魔神と呼ばれる存在が、テイナの意思と見せかけて作らせていたのだから、何かしらの罠が潜んでいてもおかしくはない。
きっと、テイナが真実を知ったのは、これが初めてでは無いのだろう。そして、真実を知る度に、魔神の使いが今のように訪れては、洗脳し直すのだ。
精霊を呼び出すという選択も、無い。
そもそも、精霊は自分自身のためには呼び出せない。且つ、ここには呼び出すための供物も置かれてはいない。
「何か……あ」
薬瓶を置くための台の裏、そこに回り込んだテイナは赤褐色のナイフを取り出すと、村長だった生き物と対峙する。
震える手。生き物を倒すために用いた事が無かった道具。いや、もうこれは道具ではなく、身を守るための武器と呼んだ方が正しいはずだ。
「覚悟して下さい!」
部屋の明るさを維持するために天井に吊るされていた火。目の前の化物のおぞましさを影との二重で表現すると、恐怖心を煽ってくる。
辛うじて人の形を保つそれの周りを漂う血の管から垂れる雫は床を溶かし、体から放たれる異様な瘴気は気持ちを落ち着かせ、凍てつく程に不気味な安心感を抱かせる。
そして、鼓膜を劈くような奇声。テイナのものではなく、化物から発せられた声に、思わず耳を塞いでしまう。
やはり、人の身では勝つことは愚か、傷一つ付けられないのだ。
――そこで、テイナの意識は水に溶けるかのように消えていく。
――今日も薬液を作っている。
訪れてくる外の国の人は、日に日に増して多くなっているような気がする。
だが、外の国で何が起きているか聞きたくても、テイナの事を視認できる人は外の国にはいなかった。
旅人が全員店内から出ると、テイナは沈みゆく太陽を目で追いながら、思い出そうとしていた。
昨日。
何か辛い出来事が起きたはずだが、思い出せない。確か、村へ納金に行って、精霊を何回か使用した事は覚えているが、その目的は覚えていない。
忘れている。決定的な何かを。
けれど、テイナは思うのだ。
――僅か一日で忘れる程度の出来事であれば、大した事は無い。
ここまでで、分かったはずだ。
少女に与えられた絶望とは、記憶の抹消という些細な出来事であるという事実を。
日が完全に落ちると、テイナは外に出る。毎日、道具屋近辺を歩き回りながら、人が来ていないかどうかを確認することがテイナの夜の日課になっていた。
店の前に戻ると、置かれていたはずの看板が粉々になっていることに気付く。
「だ、誰がこんな酷い事を……」
その場に座り、地面に転がった木の屑を拾うと、悲しい気持ちを振り払うかのように、テイナはすぐに立ち上がる。
迷いなく、道具屋の横に建てられた資材置き場に向かい、角材と作業台を取り出すと、手際良く新しい看板を作った。
表面には、テイナの右手に握られた赤褐色のナイフによって、『今日は閉店です』と刻まれていた。
「さ、早く終わらせないと」
看板を地面に立て、ナイフの柄の底で看板の頭を強く、深く刺さるまで何度も叩いた。
揺らしても動かない程に看板は刺さり、テイナは満足そうに頷く。
「明日も、頑張ろう」
道具を片付けながら、テイナはそう思った。
4~6 世界 END
お久しぶりです、上雛平次です。
なかなか就活が上手くいかず、小説内にも暗い雰囲気が漂ってきているような気がしてなりません(いえ、きちんと流れに沿っています)。
もしかしたら、次回の更新は遅くなってしまうかもしれません。なので、気長にお待ち頂けると幸いです。
では、また次回の更新を。