第五話 世界 2
見せたかった花が潰され、外の国の騎士たちが灰色の獣に命を取られた経緯を話し始めた途端、道具屋内の空気が重くなっていく。
傷心したテイナを連れて道具屋に入った村長は、テイナを椅子に座らせると、その真正面に置かれた椅子に腰掛け、ここまでの経緯を聞いていた。
そして、辛い表情を見せながらも終わりまで、完結に説明を終えたテイナに村長は「気にしないように」と呟き――テイナを更に追い詰めようとし始めた。
「……テイナ。君は自分の生まれがどこか覚えているかい?」
下を向いて、死んでいった騎士のために涙を流していたテイナは涙を拭いて、顔を上げる。
どうしてそんなことを、尋ねてくるのだろうか。
真っ先に抱いた疑問がそれであるが、このまま沈黙して、気まずい空気のままでいるよりは良いはずだ。もしかしたら、村長の配慮なのかもしれないとこの時のテイナはそう思ったに違いない。
覚えていない。
そのまま、取り繕っても仕方がない言葉でテイナは答えると、村長は何故だか嬉しそうに話を始める。
「この村が過去に何と呼ばれていたかは覚えているかい?」
論点をどこに定めているのか分からない。しかし、今のテイナには与えられた質問に正直に答えるしかないような、そんな気がしていた。
つまり、テイナは今の問題にも否定の形で答えていた。
「うん、良くできた世界です。その世界に住む人々も良くできています」
一人で頷く村長。気付けば、テイナの抱いた安心感は不審感へと変わっていた。
この人は何の話をしているのだろうか。けれど、答えを知ろうにも知るための情報が少なすぎた。
「ここはね――奈落の中に取り込まれた南の国なのさ」
かつて、この南の国が存在していた大陸には中央東西南北に五つの国が存在していた。平和に暮らしていた五カ国であったが、南を訪れた商人は、南の国があるべき場所に大きな穴が広がっていた事を他の四カ国に話した。そして、その穴が後に『奈落』と呼ばれ、開かれた奈落から現れる存在の事を『魔神』と呼んだ。
奈落に飲み込まれた場所は消滅するわけではない。
一つ前の世界の南の国が位置していた地点に上書きされていくのだ。この世界は何層もの界域に分かれている。木の年輪をイメージしてもらえれば分かりやすいかもしれない。世界の年輪に描かれた一つの輪内で一つの世界が構成されており、魔神はその前の年輪と次の年輪との間に奈落を開いていきながら、自らが住める世界を増やしていったのだ。
けれど、それは二十数年前に一人の英雄の手によって葬り去られた歴史のはずである。この村が仮に南の国だったとして、どうして世界から消えた南の国に住むテイナが、その先に起きた出来事を知っているのだろうか。
「奈落に住む魔神と意識を共有させているから、でしょう」
「え……?」
共有。
テイナが、花の美しさを他人と共有したいという気持ちの現れは、自らが願った事では無いのだと、村長は続けて言う。
では、『テイナ』という存在は何なのか。
魔神と呼ばれるわけの分からない存在に人生を乱されて、道具屋を二十数年も営み続けてきたテイナは何なのか。
「あなたは、魔神によって発せられた瘴気によって全身を毒され、適当な記憶を植えつけられた。そして、この森の中に迷い込んでしまった死者の魂に、絶命の薬液を渡すために道具屋を営んでいるのです」
役割を聞かされても困るが、現状としては、死者に薬液を飲ませて死なせなくてはならないということを、テイナは理解していた。
そして、その役目がテイナである事実も、理解していた。
「絶命の、薬液」
力無く、口から漏れ出したテイナの言葉には、先までの覇気は感じられない。自分が悪に加担してしまっているという事実に対して、今までしてきたことの意味を求めたかった。
そんなテイナの様子を見て、何を察したのかは分からないが、村長は薬液についての話を始める。
「奈落を通り抜けてしまった魂は、そこで新たな肉体となって再生される。それを防ぐために、今の南の国がある。道具屋として生まれた貴女は、迷える魂を完全に廃絶させるために毎日、薬液を作っていたのです」
テイナの存在意義であり、誇らしくも思っていた薬液作りにそんな意味があるなんて知らなかった。
知っていたなら、絶対に薬液など作らなかった。死者の魂を廃絶させるという目的のために、テイナは多くの時間を無駄にしてきた。少なくとも、二十数年は軽く超えてしまう位のはずだ。
「なら……どうして森の中に旅人さんが入ってくるの? あと、あの金貨は……」
旅人や騎士。テイナの姿が見えない者は全て死者であることは分かった。きっと姿が見えないことも、魔神が使う魔法が関与しているに違いない。旅人や騎士が残していく金貨については、置いていきたかったから置いていたのだと考えている。
――だが、その考えは予想に反していた。
「旅人がここに立ち寄るのは、魔神がこの森に誘惑の魔法陣を張り巡らせ、且つ洗脳して薬液を摂取させようとしていたのでしょう。金貨は、その人間が犯してきた罪の量です。ここで罪と存在を無くす事により、全てを無にした状態で再び次の世に生を成す。その繰り返しなのですよ、この世界は」
確かに、同じ人でも支払う金貨の量が違うのは、気にしていた。けれど、テイナは金貨の量は気持ちの量だと考えていたため、多い少ないは二の次にしていた。
「……」
それから、黙ってしまうテイナ。そもそも魔神と呼ばれる存在を目の当たりにしていないため、テイナにはこれ以上、それについては言及できない。
いや、したくもないと言った方が正しいのかもしれない。
「さて、君の処遇の件についてでも話そうか」
村長は不敵な笑みを浮かべて、テイナに新たな絶望を植え付けようとしていた――。
こんばんは、上雛平次です。
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