第四話 世界 1
他人が他人を完全に理解することはできない。
それができてしまったのなら、人が人を簡単に傷付ける事はできないのだ。何よりも自分の身を案じ続ける人、だとしたら――目の前で起きた惨状は、彼らに理解が足りなかっただけの話。
血肉が木々に四散し、獣の咆哮が轟く森には、テイナの姿以外は見えない。
騎士たちは皆、灰色の獣に細かく噛みちぎられた。あの獣がどうして騎士たちを狙い、テイナを狙わなかったのかは分からないが、酷いという率直な感想がテイナの口から出た。
しかも、騎士たちの肉は獣の体の中には一切入っていない。ただ獣は、騎士たちを絶命させるためだけに牙を剥いたのだ。
「なんで、どうしてよ!!」
絶叫にも近い、赤く染まる空に消えていく声。自分でもこんなに大声が出せるなんて、信じられない。
続けられたのは、暴言の数々。溜まっていた黒々しい部分が露になっていくと、テイナは開放感に浸る。
「はぁ……はぁ、仇を討つつもりじゃないけれど、あなたが行った事は、許されない」
そして、何をすべきなのか理解したテイナは、潰された花を見る。
精霊の生成には、何かのためになるという前提条件が必要になる。簡単に言えば、自分のためには精霊は使えない。そこに少しでも、他の生命のためになるという理由が付けば、精霊は生み出せる。
テイナは花を指すと、詩を紡ぎ始める。力が強い精霊を呼び出すためには、それだけ大きな思いが必要になるのだ。
道具屋でありながら、精霊使いでもある自分の中途半端とも表現できる存在に違和感を覚えながらも、テイナは感謝している。
――力を与えてくれた、大いなる存在に。
「さぁ、はじめましょうか」
花の周囲にマナが満ちる。先ほどの土人形よりも体は大きく、獣の牙にも屈しない鎧を付けた騎士がその場に現れる。
テイナの生み出す精霊は性の概念を持たないため、体の特徴を意識する必要は無い。つまり、身体的な特徴よりも万能な武器や丈夫な防具を付ける事をテイナは優先としていた。
目の前に現れた精霊の騎士は、腰にさげられた鞘から剣を引き抜くと、剣先を獣に向け、獣との距離を詰めていく。だが、獣はそれが生命を持たない者だと分かったのか、方向転換すると森の奥に引き返してしまう。
テイナはすぐに、一つの命令だけを残し精霊との関係を断つ。
精霊使いは、精霊と関係を結び、命令を終えるまでは協力してもらうことができる者を指している。その一人であるテイナには、関係を結ぶ事以外に別の力が備わっている。
精霊具。別段、名称のようなものは付けられていないため、テイナはそう呼んでいる。
関係を切られた精霊は、世に形を留めておくことができずに崩壊してしまうが、テイナの場合は、精霊の一部を道具として所持することによって、関係を切っても尚、姿を現実に残す事が出来ていた。
今は、精霊の騎士の足元に落ちた銀色の腕輪を取り、走り出した精霊の騎士の背を見送る。
そう、森の奥に入っていった精霊の騎士に、テイナは守護者の役割を与えた。
灰色の獣が他の人を襲わないとは限らない。だから、精霊との関係を切る事によってテイナへの負担を減らすと共に、獣が人を襲わなくなる日まで、騎士に人を守るように命じたのだった。
「これは……?」
足音と、呟く声。その聞き覚えがある声の方に振り向くテイナは、何を言ったらいいのか分からず、ただ下を向いて俯いた。
村長が困惑の表情を浮かべながら、周囲に跡として残される異常性に嫌悪感を覚えながら、テイナに理由を聞いた。
上雛平次です。
今話はとても短い内容となってしまい、読みごたえが無い話になってしまいました。次回はこのようなことにならないよう、善処します。
では、また。