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第三話 役割 3

 ――そわそわしている。

 村から戻ったテイナは、普段着と呼んでも過言ではない縫い跡が目立つ作業服に着替え、その上からエプロンを付ける。

 その後は、道具屋内の隅の隅まで丁寧に掃除をしていた。

 久しぶりに、旅人以外のお客様が訪ねてくる。しかも、それが村長だというのだから、緊張する。

 太陽が真上に位置する頃だろう。次に掃除をすべき場所が見つからず、とりあえず椅子に腰掛けたテイナは、机の上に置かれた容器と幾つかのカップを見つめる。

 今日は納金日であったため、店は開放していなかった。つまり、液瓶が置く必要が無い今の机の上には、客人をもてなすための飲み物が置かれていた。

 飲み物はもちろん、あの液瓶の中のものではない。個人的に育てている良い香りのする葉から採れたもので作った。

 食事の用意はすべきかどうか悩んだが、夜は不気味さを漂わせる森に長居させるのもどうかと思うテイナ。朝に見た獣の姿を思い出そうとしたが、目の前にいたはずなのに、その姿を思い出すことができなかった。

 忘れっぽくなってしまったのだろうか。二十数年生きてきて、こんなにも早い物忘れが起きた事は一度もない。それとも、印象に残らないほどに獣の特徴を捉えていなかったのか。

 腕を組み、もう一度思い出そうと頭の中を巡り始めた時。

 鼻を通って伝わる、気持ちを落ち着かせる暖かな香り。

 飲み物からそれが漂い始めた頃だろうか。

 扉が叩かれる。

「今、開きますから」

 慌てるテイナ。椅子から立ち上がり扉の前まで向かうと、扉を勢いよく開いた。

「ん? 勝手に開いたぞ」

 騎士。王国を守るための存在である彼らが、どうしてこのような小さな村の道具屋に来たのだろうか。

 尋ねようにも、外の国から来た者にテイナたちの姿は見えないため、会話をすることはできない。

 すると、テイナの目の前に立つ、鉄の鎧を身に纏う騎士が棚に並べられた薬瓶に気付く。

「薬だ。取っていくぞ」

「待て、数が足りないじゃないか。ここは隊長から飲むのが筋というものだろう」

 棚に並べられていたのは、明日に回そうと思っていた数十個の薬瓶。しかし、テイナの目の前にいる騎士たちの数は、目見当でも五十名は超えるだろう。

 それよりも、店の前に『今日はやっていません』と書かれた板を立てておいたのに、見なかったのだろうか。その板が置いてあるはずの場所には、騎士が立っている。

「どうするんだ! 全員分無いなんて、聞いてない!?」

「もう我慢できん、俺は飲むぞ」

「ふざけるな、公平に分けるべきだ!」

 争い。騎士たちは醜くも、仲間同士で殴り合いを始めた。ここで剣を抜かないのが温情なのか、それとも我を忘れているだけなのかは分からない。

 一つだけ分かるのは、これがテイナが引き起こしてしまった現場であるということだ。納金日だからと、勝手にも店を閉じ、久しぶりの来客に心を躍らせてしまったことが間違いだったのだ。

 ふらふらと、テイナは裏口から庭に向けて歩いていく。

 ――あの綺麗な花を見て気持ちを落ち着かせよう、まずはそれから……。

 テイナ自身が開いた扉だったが、文句を言っていた騎士の一人が、ひとりでに開かれていく扉を見逃さなかった。

「隊長、あの扉の先に在庫があるのでは?」

 その一言が、薬瓶を求める騎士たちに好奇心を授けた。向こう側に行けば、薬瓶が手に入る。そう確信した騎士たちは数十の薬瓶に目も向けず、奥の扉に進んでいく。

 外に出たテイナに続き、騎士たちが一人、二人と後を追うように庭へと出てくる。

「これは、薬の原料か?」

「なるほど、ならこれを食べれば良いってことだな」

 しゃがみ込む、隊長と呼ばれた騎士。老いた顔を地面に付けていき、犬が肉を食すかのように草を食べていく。続いて、他の騎士たちも同じように草を食べる。

 異常とも呼べる光景。自分の手で草を引き抜こうという考えも持たず、さっきまで憎しみ合っていた騎士たちは無心になって草を食べている。

 顔から血の気が引き、自分の目の前で犬のような体勢で草を食べる人間を、正常だとは到底思えなかった。

 下がりながらテイナは振り向くと、背後には綺麗な花が咲いている。まだ蕾だが、このまま時が経てば、開花を始めることだろう。

 ――その開花も、昨日で終わりだったことは、言うまでもない。

 騎士たちは、手を広げて花への道を塞いでいたテイナをすり抜けるようにして通ると、花の前に座る。

「これも原料だとしたら、これも食べないといけないよな?」

 そこへ、草を口に入れたままにした隊長と呼ばれた騎士が近付く。

 周囲を見ても、この花以外の花は生えていないことに気が付いた。

「いや、流石に一輪ということは無い。周りに他の花が咲いていないか確認して、もしも咲いていなかったら、この花は無視だ」

 隊長の指示に、他の騎士たちは草を食べるのを中断し、捜索を始める。

 ほっとするテイナ。その安堵が悲鳴に変わった間は、本当に僅かであった。

 灰色の獣。

 視界に入った途端、朝に見た獣の姿を思い出したテイナは花から離れる。

 それが間違いだった、とは言えないし、離れなかったとしてもテイナ自身にはどうすることも出来なかっただろう。

 獣の出現に、驚く騎士たち。隊長と呼ばれた騎士ももちろん驚き、そして――。

 後ろに下がって剣を引き抜いた瞬間――花が踏み潰された。

「え……い、いやだぁ!?」

 こんなにも簡単に、壊れてしまうものなのだろうか。テイナが長い時間を費やしてきたそれが、静かに消える。

 しゃがみ込み、耐え難い苦しみと憎しみに支配されそうになるテイナ。

 歪んでいく瞳には、剣を振るい続ける騎士と、それを避けながら一人ずつ騎士を噛み殺していく獣の姿が写し出された。

 ――お前の『役割』って、そんなものなのか?

 誰かの声が、すぐ側から聞こえた気がした。

 だけど、今のテイナには、この形を無くした花のために涙を流すという大切な『役割』が――与えられていた。


1~3 役割 END

お久しぶり、上雛平次です。


今作は、三話構成になっており、第一章は全十話とし、最後の一話でその話のまとめと次の話への課題を書いていこうと考えております。

突然に仕様が変わる可能性は多少ながらありますが、変わったとしても読んで頂けると嬉しいです。


では、次回の更新で。

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