第十話 飛翔
これからどこに向かおう。
村の外に出た事が無かったテイナは、今は無人と化した村を通り、その先を目指していた。
その先。地図にも書かれていないその先には果たして人がいるのだろうか。
けれど、人がいなくなってしまったこの村に残ることもできない、店を開こうにも人がいないのでは、何も売ることはできないのだから。
いや、道具を売るだけが人生ではない。
思考を支配されていたテイナ。一旦、その呪縛から離れてしまえば、数々のやってみたいことで頭の中が埋め尽くされていた。
人が喜ぶ道具を作りたい。
まずはこれだ。これを一番に成し遂げよう。道具屋として、何よりテイナが生まれてきた意味を見出すための証として。
次は何をしよう。
その思考に至った所で、テイナは足を止める。次いで、テイナの後ろに歩いていたハイルは、テイナの大きな鞄に頭を埋めた。
「おい、止まるなよ」
「さっきまで止まれと言っていた人が何を言っているの?」
溜息。
テイナはハイルに向けて愚痴を溢すと、鞄を地面に下ろして、ハイルと向き合った。
「私、何も知らない」
この世界の仕組みは理解した。
しかし、この世界での正しい生き方、これまで自分が知り得た何もかもが、元の世界で通用するかは分からない。
すると、ハイルはテイナの言葉に対して小馬鹿にしたかのように笑って答える。
「それを決めるのは、作る人間じゃなくて、使う人間だ。欲しければ求めるし、欲しくなければ求めない。何かを作り出そうと考える者は、使う側の欲に応えるために物を作り出すんだよ」
長々と語るハイルは、真剣に話を聞いていたテイナの目線から自分の目線を逸らすと、照れたように頬を染めた。
魔神と呼ばれる人ではない存在に何を聞いているのだと考えていたテイナだが、相談して良かったとはっきりと思えた。
そうだ。作るのは自分だが、使うのは相手なのだ。これまでのように、与えられた物を用いて同じ物を延々と作り出す生活とは違うはずだ。
何でも作れるようになろう。道具屋の主人、テイナとして。
決意したテイナの目先がハイルから移る。
そして、次にテイナの視界に移った光景は、完全なる無であった。
「何、これは……」
白。
森の先が抉られたかのように何も無い。木々の断面は鋭利な刃物で切られたかのように、綺麗に削がれていた。
それも、徐々に村の方へと侵食しているように、本当に少しずつだが移動している。この地上から、空へと続く一直線の白い壁のようなものが迫ってきていた。
どうやら、この白い壁は村の周囲――いや、今の状況であれば分かる。テイナの家を中心にして円状に迫ってきているに違いない。
「早く消えてもらわないと困るんだよ」
ハイルはテイナの背に声をかける。
「お前みたいに、何も力を持っていない人間が関わって良い話じゃないんだ」
その背が次第に小さくなっているように、ハイルには見えた。
「お前が消えてなくなる訳じゃない。別に新しい世界を設けるから、そこで生きてくれって言っているだけなんだ」
「……おかしいよ。だけじゃないよ、私が生まれ育った世界なんだよ、狂っているよ、ハイルは」
話していてテイナが知ったことは、ハイルがとても正しい事だけを言っていることだ。それが善でも悪でも、ハイルは本当に正しい事のみをテイナに話していた。
それが、テイナには納得ができないことであれば、反論するしかない。
「他の存在に植え付けられた記憶を抱いて生きて、それが果たして正しいと言えるのか? もう、『テイナ』って人間は数十年前に消えているという事実に気付いているのか?」
魔神による記憶の整理。ハイルの前に存在していた魔神は、そうすることで村人を自分の都合が良い様に支配していた。
ハイルはそれを拒み、村人全員に真相を話した上で良い条件を掲示して、この世界から消えてもらうように行動しているのだ。
その世界の最後の人間は、きっとテイナのみなのだろう。
そして、そのテイナは記憶の整理を受ける前のテイナとどう変わっていったのか、知る由もない。
ただ、知らないことがあるのであれば、知っていることもある。
「私は、ここにいるんだよ。どういう形でも、考え方が違っていても、私は存在している。在るんだよ、ここに」
テイナは自分の胸に手を当てて、必死にハイルへ訴えていた。
自分の全てを。
それを聞いてもまだ、ハイルはテイナに消えて欲しいと願うのだ。
いや、テイナが全てを話したからこそ、この幸せになれない世界で生きることをやめてほしいと願うのだ。
「見ろ。もうじき世界は閉じて終わる。お前のように、自分を分かる人間は世に残って欲しいんだ。さっき言ったよな、テイナはここに存在していると。それなら、テイナ――お前自身が別の世界に行ってもお前は消えない。お前の魂は残り続けるんだ」
押し黙るテイナ。
これで、解放される。自分の役割の重さ、連ねた言葉の重さに押しつぶされないようにするだけでも難しい事を、ハイルはこの時、知る。
そうして、目の潤いを取り戻すために瞬きをした瞬間、ハイルは自分が放った言葉の重大性を理解する。
飛んだ。
テイナは白い世界に向かって、飛んでいた。
「やめろ!」
遅い。
何もかもが遅くて、これから起きる何もかもが圧縮されて、異常な未来を描き出そうとしている。
人間が、世界を行き来する。これを成し遂げた純正の人間は一人もいない。
何が起きるか分からない。
強靭な精神。全てを超える肉体。何もかもを征する思考。それらを均等に維持できる者のみが、世界の移動を許されているのだ。
これを簡単に行える者は、この世界に四種のみ。
魔神、獣神、竜神。また、このいずれかの遺伝子を受け継ぐ者のみだ。
けれど、テイナがこれまで生きてきた中で、その遺伝子を受け継ぐことなど無いだろう。ハイルのように、人間と魔神が混じり合うことで生まれてくるケースもあるだろうが、これは稀なケースだ。
どうしよう。
走り出した自分も、白い世界へと飛んでいる。
――そうして、どこか知らない、誰が築き上げたかも分からない世界へ、テイナとハイルは堕ちていった。
第0章 彼女が生きた世界 END
遅れまして、申し訳ありません。
第十話ということで、ここで0章の節目とさせてもらいます。
更新の頻度をなかなか上げられず、私自身悩ましい問題ですが、なかなか長期に渡って小説の作成に至れないため、このような形での更新となっています。
ご理解下さい。
では、次回の更新までお待ち頂けると幸いです。