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国家機密並の

『ねぇ、澄香って、滝井君とのキスって想像したことある?』



っごほっ…っっ!


これまた最新兵器のような不意打ち爆撃に俊は思わずむせた。


心積りが全く出来ていなかったのだ。

何故ならば、ここは砂埃舞い上がるグラウンドではなく、職員室から少し遠い入り組んだ廊下だったのだから。

縦に伸びる廊下と、階段と、靴箱スペースと。

反対側には体育館に繋がるスノコ板が伸びる。

広いスペースは交差点のように不思議と入り組んで、俊が柱の後ろに隠れることは容易だった。

隠れた後に、あー…。と口を抑える。

どうも小さい事をしてしまったような気がして、男として少し情けなくなった。

壁越しに同じようにむせる音で彼は、ハッと顔を上げる。

声の主は、どうやら廊下より暖かい中庭にいるようだった。

そういえば校舎にそってベンチがもうけられていた事を俊は思い出す。

むせていた細く可愛らしい声の主がどうやら落ち着ついたらしく、友人を咎め出した。


「な、ななな…っ。胡桃なにを…っ」


どうやら、“胡桃”という友人は彼女を滝井話題でいつもからかって遊んでいるらしい。

口調と、さっきから聞こえる笑いを我慢したくぐもった声でなんとなく俊にも理解できた。


「で?どーなの?考えた事あるの?」


慌てる友人をけらけらと可愛がる胡桃が急き立てるように質問する。

ぐぬぬと弱々しく唸る澄香の声に、俊は散々自分と葛藤した挙句、ゆっくりとその場所を離れ始めた。

女子のおしゃべりを立ち聞きしている自分というものの居心地があまりにも悪かったのだ。


頭をポリポリとかく。


“どーなの?考えた事あるの?”


聞き慣れた通る声が繰り返し俊自身に問いただした。


どーなの?と。


無意識に俊は歩きながら自分の唇に親指を伸ばす。


どーなのって…。



…。


………。



「(……あー、もう。)」


記憶の端々の、彼女の唇が蘇る。

薄く開かれた、柔らかそうな…。


今まさに、…想像してしまったのだ。


ガシガシガシと短い髪を乱暴に掻き分ける。


あーもう。本当に。


新型爆弾を投下された上に地雷まで自ら踏んでしまった。

滝井青年が、更にその先の方まで想像の手を届けてしまった事は、…国家機密並の秘密である。




「これ、使ってください…!」


「……悪い、監督に禁止されてるから…。」


監督を犠牲に(いや、実際禁止されてるけど)すごすごと俊は金網の扉から逃げる。

はぁ、と1年野球部員が集まっているグラウンドの端に戻りながら思わずため息をつき、俊は帽子を被り直した。

ベシンッと肩を叩かれ、ブスッと睨んでくる友人に小言を言われる。


「おっ前ホント女の敵だなっ。受け取るだけ受け取ってやればいいのに!」


「…。」


当の本人はげっそりした瞳で、プンプン怒る友人を無言で見つめると、ガシッとボールを握ったままのたくましい腕が俊の首に回って来た。


「許してやれよ。」


松浦だ。


「こいつもそこそこ苦労してんだから。前にそういって受け取った女から“受け取った責任だ”とかって色々無茶振りされたんだよ…。だから今は全部断ってんの。な?」


ニカッと笑う白い歯は焼けた肌と合わさって眩しい。


「まぁ俺は貰えるもんは全部貰ってるけど。」


眩しいのは歯だけだった。発言が黒かった。


“全部”の中に物以外も含まれている事をそこの部活仲間は知らない。

ふーん?と首を傾げる仲間に、聞こえるか聞こえないかの音量で松浦は更に続ける。


「それに、俊は一途なんだよなー。」


ニヤリ。


うっ。と俊が不機嫌な顔をすると松浦はさも可笑しそうに笑った。


「あーっはははっ!軟式の王子は純粋だなぁ!」


「別に…純粋とかじゃねぇし…。」


本当に、自分はそんなイイもんではない。

俊はため息と共にそう言って、ふと千葉嬢の想像上での柔らかい唇の感触を思い出した。



…………ダッ!!


ポーカーフェイスの下で、あーーーっっと頭を振り俊は邪念を捨てようと躍起になる。

片付け出す仲間に混じってゆっくりとグローブに手を伸ばした。


…♪♪


あ。


部活終わり際の空に伸びる、透明な声。


その声が、俊の胸を締め付ける。


そして今日も夕陽と共に聞こえてくる彼女のソロに、目をそっと閉じて耳を傾けた。



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