一発目の爆弾
極め付けは廊下。
すれ違う瞬間、彼女はスッと一歩俊から遠ざかる。
ほんのちょっとの距離。
はたから見たら対した事のない出来事。
「な、ん…っ」
なんなんだよ!
俊はとうとう千葉というクラスメイトが嫌いになってしまった。
なんなんだ、一体俺が何をした。
眉間にシワを寄せながら俊は背中に意識を集中させる。
カリカリと勤勉にペンを滑らせる音が、俊をじわじわと苦しめた。
…
「ふーん、気にしなきゃ良いのに。」
「まぁ、そうなんだけどな。」
工藤がコンクリート製の水飲み場に腰をかける。
部活動後、たまたま出会った彼に、なんとなく千葉の事を打ち明けた。
あっさりと正論で返す工藤に、俊は腑に落ちない返事をする。
「だってさー、なんか言われたわけでも、されたわけでも、ガン飛ばされたわけでもないんだろ?ただの人見知りなんじゃね?千葉って大人しそうだし。」
「そうだよな、そうなんだけどなー…。」
一人項垂れる男前に、工藤はふーん、と首をかしげてポツリと言った。
「…お前、傷付いてんだな。」
……
『まぁ、気にしないこった。後ろの席には誰も座ってねぇーって勢いで存在自体スルーしとけば?』
そんな工藤のアドバイスを胸に、俊は今日も登校する。
気にしない、気にしない。
そんな呪文を何度となく心の中で呟いた。
なのに、効くどころか神経が全部背中にあるように彼女の一挙一足を身体が広い集める。
…くそっ
自分に苛々して仕方なかった。
気にしなければいいのに。
本当に、その通りなのに。
なんでそんな簡単なことが出来ないのだろう。
…
「(…なんか一人だけズレてる奴がいる。)」
ふわりと聞こえてくる柔らかな音色に、俊は顔を上げずに耳をすます。
泥に少し汚れたボールをパシッと小気味良くキャッチしながら、首を傾げた。
コーラス部の歌は、軟式にとって最早ただ聴き流すBGMだ。
普段は気にしないが、日曜日などで歌が聞こえてこないと少し違和感を感じる。
居ても気にならないが、居ないと気になる家族のような存在だった。
その歌に、昨日なかったものが混じっている。
可愛らしい声、だけど自信なさげにフラフラした音。
「こら滝井ぃ…っ!ぼんやりすんな!」
「すぃあせん!!」
ドゴンっ、と重たい玉を滑り込みながら取って、俊は声を張り上げた。
◆
「あー!分かった‼︎千葉さん軟式野球部に好きな人がいるんでしょ!」
ふ、ブーッ‼︎
休憩中、スポーツ飲料を口に含みながら俊は口の周りにこぼれた水滴を拭った。
な…。
目玉だけをちらりと動かして校舎を見上げる。
女の声を特に気にしていない周りを見わたして、ギリギリそれは耳の良い自分にしか聞こえていないものなのだと俊は理解した。
千葉って…。
窓枠の中に、影が二つ。
わさわさ動いている人影の隣に、俊の心を嫌な感じに揺さぶる見覚えのある顔があった。
「誰ー?あ、当ててあげよっか?え?そんな遠慮しないで!」
あははっとよく通る声がギリギリ俊の耳をかする。
「松浦くん?え?違う?ああ、笹谷くん?それも違う?じゃあ…」
ピピーッ!と高い笛の音がグラウンドに鳴り響いた。
ぐわっ、と俊は頭を抱える。
このタイミングで。
なんなんだ。普段はこんな事、気にもしないじゃないか。
俊は心臓の上の部分に手を当てた。
試合とはまた違う、動悸。
どうやら自分は、
その答えを知りたがっているようだった。