なにもした覚えがない
振り向いたら、
びっくりしたような瞳とぶつかった。
「ごごごめんっ!でも血が…っ。エリにつきそうだったから…っ」
早口でまくし立てる彼女は…。
えっと、名前、何だっけな。
とにかく後ろの席の子で、少し大人しそうな…
ぺちんっとまた頭に衝撃をくらい、俊はまた目を丸くする。
あ、ばんそうこう貼ってくれたのかと理解したのは一秒後。
お礼を言おうと口を開いたその時、
「じゃあね、竹井くんっ!」
あ、名前間違えられた。
「滝井だけど。」
とっさに出た訂正の言葉に。
「!」
ダダダダダ…っ
え…。
しまった、と思えど時既に遅し。
彼女はものすごい速さで逃げてしまった…。
…
…
「軟式舐めてるやつ。今すぐ辞めろ!」
監督の野太い声に背筋が伸びる。
軟式はやっぱり硬式と全然感覚が違った。
まずバットで打った時の玉の感触が違う。
飛距離もびっくりするぐらい違う。
ボールが柔らかくて大きいから全然伸びない。
だから硬式の感覚でやると全く通用しなかった。
それが逆に新鮮で、面白くて。
「(…あの一撃に感謝だな。)」
お礼を言わなければ。
俊はやっぱり来て良かった、とクツクツ苦笑いしながら思ったのだった……。
◆
次の日。
えっと、…そうだ。千葉だ。千葉さんだ。
俊はやっとこさ後ろの席のクラスメートの名前を思い出し、昨日のばんそうこうのお礼を言おうと思っていた。
ナイスタイミングで彼女がそっと登校してきて。
これまたナイスタイミングで窓際に友人と腰掛けていた俊の方に彼女の視線が移動したから、自然と声が出た。
「あ、ち……」
“千葉、昨日はありがとう。“
…あれ。
一瞬目があったのに。
その中途半端に投げ出された言葉は、彼女に思い切り視線をそらされた事により、どこかに消えてしまった…。
難しい顔をしながら自分の席へと足早に歩く彼女を見ながら、俊はまたポリポリと頭をかく。
「(なんか…怒ってる…?)」
チャイムがなり、彼女の前の自分の席に戻っても、なんとなくタイミングの逃して、結局喋りかけられずに1日が終わってしまった。
◆
なん、だ…?
気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない気がする。
あれから何日もたつが、…避けられてる…?までは行かない。行かないが…。
なんだか、こう、隙がない。彼女には全く、話し掛けるどころか目を合わす隙すらない。
そしてそれは日を追うごとに確信へと変わっていった。
ちょっとした仕草に。
ちょっとした息づかいに。
もしかして、俺、嫌われてる?