抱きしめた花の色は。
目を見開いて、しばらく無言で俊を見つめていた彼女が、その後なんだか泣きそうな顔をして声をぽつりぽつりと落とした。
「あのね、」
「うん。」
彼女の伏せられた長いまつげが影を作る。
「クリスマスに渡そうと思って編んでたマフラーは、何故か腹巻きみたいになりまして…、机に眠ってます。」
マフラーの行方に俊は思わず笑った。
「それからチョコケーキは、…家で“お父さん”という大きなネズミが出まして、かじられてしまいました。」
初めて彼女から出た冗談に、内心驚き喜びながらも俊は微笑みの表情を崩すことなく彼女を見つめる。
「それから、それから…3月の誕生日に渡そうと思ったクッキーは、…私が食べちゃった。」
後悔。
自虐的に眉を顰める彼女の頬に、そう書いてある。
「…。」
俊は何かを言おうと口を開きかけたが、何も出てこなかった。
彼女も、…迷ったのだろうか。
自分のように、散々。
言いたいのに言えなくて、一歩踏み出したいのに踏ん切りが付かなくて。
伝えたいのに出来なくて。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
彼女も、千葉も、そんなふうにいっぱい迷って、悩んで、自分の事をずっと考えてくれていたのだろうか。
「でも…っ、でもね!」
…?
千葉がごそごそとかばんを漁りながら言う。
「…、クッキーは賞味期限があるから食べちゃったけど、こっちは腐らないものだったから…。」
彼女がおずおずと差し出すプレゼントに、俊は目を見開いた。
水色のリボンが今日の青空にそっくりで。
まさか、本当に千葉からなにか貰える日がくるなんて。
「お、“誕生日おめでとうございます。”」
たどたどしい祝いの言葉に、俊は溢れだす喜びを隠しきれないままそれを受け取った。
「…開けて良い?」
わたわたと照れながら承諾する彼女に俊はまた笑顔がこぼれつつ封を開ける。
カサリと音を立て出てきたのは俊の部のユニフォームと同じ色のリストバンドだった。
シンプルなのに、何故かそこにぎゅっとぎゅっと千葉の思いが込められているようで、俊はどうにかなりそうになりながらそれを腕に付ける。
…嬉しい。
こんなに嬉しいと思える贈り物は初めてだった。
カラっカラに乾いた喉に水を送りこんだような、その沁み渡るように全身にひろがる潤いにくらくらする。
だから、少しぼーっとしていたのかもしれない。
彼女の口から聞こえた音が、一瞬幻聴ではないかと思ってしまった。
「好きです。」
え。
俊は本当の意味で固まった。
ちょっと、心臓が止まったかもしれない。
え。…え。
千葉を見返す。
彼女も固まっている。
…と、思ったけれど、かすかにその可愛い唇が震えていた。
それで、俊は確信した。
さっきの声は…幻聴なんかじゃなかった。
今、
彼女の口から、
彼女から、
「…っ!」
かァァッと頬が熱くなる。
俊は思わず自分の顔を手で覆った。
ダメだ。
本物の爆弾がこんな所にあった。
ああ、もう。
俊はどうしようもなくなり、目を丸くしている彼女に手を伸ばす。
とまどっている暇なんて無かった。
ふわりと触れる制服の感触を。
彼女の体を。
彼女の甘い髪の匂いを。
全部抱きしめる。
たまらなかった。
「…やっと、貰えた。」
彼女の肩に顔をうずめ、泣きそうになる。
「ずっと、ずっと、…欲しかったんだ。」
俊の背中に、震える細い手がおずおずと回ってきたのは、ちょうど日が見えなくなった時の事だった。
おまたせしました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。むぐ