大きな石ころ
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誰なんだ誰なんだと代わる代わる周りから質問されるが俊はまたあのポーカーフェイスに少し微笑みを乗せてのらりくらりと答えることはなかった。
噂がどこまで広がったのか知らないが、放課後に会った松浦がなにも言わずにニヤリと笑ったので、だいぶ広がっていったんだなぁと他人事のように俊は思う。
「よぅ、昨日、逃げられたんだろ。」
いわんこっちゃないと松浦がシャツを脱いでたくましい背中を晒しながら笑った。
「大丈夫。また行くから。」
そんなブレない俊に、松浦は珍しく苦笑いする。
「…お前、いったん腹据えると怖いもん無しだからな。」
コレ、男前に見えるぜ。
そう言って絆創膏をペチッと軽く突き、着替え終わった松浦は一足先にグラウンドに向かった。
「ああっ!見て!やっぱり本当なんだよぅー!」
外野が、騒がしい。
今日も金網越しの黄色い声を出来るだけ意識的に遮断し、ボールが唸る音に耳をすませる。
取って、
握って、
投げるっ!
ひたすらひたすら、繰り返す。
びっくりするぐらい、集中出来た。
今までの葛藤はなんだったのか。
片手に持ったフラフラする程の重い石を、思い切って飲み込んで腹に収めたら重心が定まった…そんな妙な感覚。
俊は心おきなく練習に没頭した。
監督の声と一緒に笛がなり、息を吐き出して休憩に入りる。
気持ちいい汗を拭った時、ふといつも聞こえる合唱が止まった。
「滝井ー、すげぇ騒ぎになってんなぁ。」
囃し立てる仲間にうわの空で曖昧に返事をし、各自バラバラに聞こえ出した歌に、俊は腹の底の大きな大きな石にドンッと力を入れ、スッと見上げる。
始めて、堂々と顔を上げ、窓際に立つ彼女を視界に捕まえた。
少し距離はあるが、彼女が口を開け狼狽しているのが分かる。
目がバチっと合った瞬間、俊は周りの喧騒など綺麗さっぱり忘れてしまった。
空と、校舎と、そこにぽつんと彼女がいる。
俊は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
重たい石をあの場所まで届ける勢いで、力いっぱい、全力で叫ぶ。
「逃げるなよ!待ってろ!」
彼女は目を丸くして放心し、ズルズルと力を失うように窓から姿を消した。
…ありゃ、
俊は苦笑いしながら頭をかく。
加減を間違えただろうか。
でも、もう俊は立ち止まる気はなかった。