バカップルみたいだ
帰り道。
すれ違った大学生にクスクス笑われたりしたが、自転車にまたがった俊は特に気にならなかった。
いっその事清々しい気持ちで自宅に帰る。
リビングにいた弟に目を向かれたが、気にせず母が置いて行った夕食にかじりついた。
顔を洗う時、それを濡らさないように気を付ける。
後ろからじっと伺う弟が遠慮がちに口を開いた。
「…兄ちゃん、それ取らないの…?」
「ん?ああ。」
あっさり肯定する俊に、あまり身長が変わらない弟が一歩近付く。
「もしかして…」
「ん?」
「彼女…?」
そう言いづらそうに質問する弟の顔は、なんだか複雑そうだ。
弟の仁は俊を少し幼くして、柔らかい雰囲気にしたような風貌なのだが、そんな彼から見ても、いつも凛々しい兄の頬に張り付いたあまりにも可愛い絆創膏がなにかとても異質なものに見えたのだろう。
黙って少し笑う兄に、ジンはまたもう一歩近付いて怪訝そうに絆創膏を見つめる。
「やっぱ、彼女出来たの…?」
しつこく聞いてくる弟に俊はクスクス笑った。
「気になるか?」
「だって、」
チラリと仁が俊を見上げる。
「だって?」
俊は弟の複雑な表情の理由を知った。
「バカップルみたいだ。」
俊は声を上げて笑った。
◆
「昨日兄ちゃんが謎の彼女とペアルック着てマフラー半分こして寄り添って巻いてべったりくっつきながら相合傘してる夢見た。」
パンを食べながらげっそりとそんな話をする弟に俊は朝から笑わされる。
じゃあ行ってくると扉に立つ兄に、ソーセージを頬張りながら仁が言った。
「それ、やっぱり貼って行くの?」
「ああ。」
「なんで?」
怪訝そうに言う弟の顔には大きく“かっこ悪い”と書かれている。
俊はちょっと苦笑しながら玄関の扉を開けた。
「“本気”を見てもらう為。」
それは、覚悟にも似ていた。
宣言でもあった。
いつも怯えて逃げてしまう小さなカナリアには、それぐらいの意気込みを行動で表すしかないと俊は踏んだのだ。
俺は、もう逃げないよ。
なにか振り切ったような兄に、弟はため息を軽く付きながら手を振る。
「…あんまり恥ずかしい事しないでね。」
来年俺その高校入学するかもだし。
そう言う弟に、俊はニカッと笑って家を出た。
少しそっちの覚悟もしていたけど、教室でざわつかれた。
不思議と遠目に好奇な目で見られるだけで、誰も突っかかってこない。
俊はいつも通りの顔をして授業を受けた。
昼休み、とうとう好奇心に負けたのかクラスの友人が俊の頬を指さす。
「…あのさ、どーしたそれ。」
「怪我した。」
「じ、自分で貼ったのか?」
恐る恐る尋ねる友人のおっかなびっくりな顔と、心配のベクトルが思っていたのと少し違って、俊はちょっと笑ってしまった。
俊がこの柄をセレクトしたと思っていたのか。
「まさか。」
そういって俊はパンをかじる。
「え…じゃあ誰がそんなクマちゃん貼ったんだよ?」
ごく当たり前の質問に、俊は少し考えた後、普通の口調で答えた。
「俺の好きな女の子。」
「え。」
ぇえええーーーーっ!!?
…その後、水辺の波紋が広がっていくような驚きの渦に、俊は素知らぬ顔でただパンを食べ続けた。