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逃げたカナリア


“あなたが過ぎた過去を後悔するのなら

私はあなたの背中で静かに泣くでしょう。

そしてひとしきり泣いたなら、笑顔でその背中を押すのです。

今すぐに。

行きなさい。

前に進みなさい。

あなたが諦めるまで、まだ間に合うのだから。”


彼女の声で、たどたどしい異国の歌詞が空に放たれる。

それはまるで弾丸のようにまっすぐに俊の中に流れ込んできた。


…行かないと。


俊はただ走った。

行って、何を言うかとか、そんなことはまったく考えずに。

階段を駆け上がる。

彼女の歌が途切れても、走った。


ただ、まっすぐ彼女と対峙したかった。


目を見て、彼女自身に話しかけたかった。


そのいつも伏せられていた瞳でまっすぐ、自分を見て欲しかった。



くっそ、間に合うか…っ?


もう歌は完全に止まっている。

行き違いになる可能性だってある。

それでも俊は止まらず、全ての階段を登り切って音楽室を目指した。

角を曲がった時、ドンッ、と何かが体にぶつかり、それが吹っ飛ぶ。


あ。


…千葉だった。


久しぶりに、本当に久しぶりに合う、曇りのない瞳。

尻餅をついている彼女に手を伸ばして、捕まえる。

心なしか力が入ってしまった。


千葉、千葉…。


するりと、なんの抵抗もなく頼って来たその細くて白い手首に、俊はやっぱり少し後悔した。

こんなにあっさり捕まえられるなら、もっと早くあの階段を賭け上がれば良かったと。


痛くもなんともなかったが、スコアで切れたという自分の頬に千葉が謝りながら慌てて絆創膏を貼る。

その慌てっぷりが、あの時を思い出した。

俊に気合いを入れてくれた、あの時。

貼った後もずっと慌てているから、俊はその場に合った水場の鏡を覗き込む。


可愛い絆創膏だった。

鏡越しに更に慌てる千葉が写る。

…あれだけ避けていた千葉が。

今、慌てながらも、そばにいる。

自分のそばに、逃げずに立っていてくれる。


それは感動にも近い感情だった。


「あわっ…わっ、ほんとごめんね…っ血が止まったらすぐ外してね…っ!!それじゃぁ…」


「待って。」


不意に立ち去ろうとした彼女の手を取る。

びっくりして振り返る千葉に、俊は動悸を隠しながら流れに任せて色々喋った。


自分の耳がほんのちょっと周りより良い事。


爆弾の事。


自分の、不甲斐なさの事。


千葉の歌を毎日聞いていた事。



元から何を言おうか考えていなかった為、あまり伝わらなくて歯がゆい思いにさいなまれる。

何故か泣きそうな顔をして首を傾げる千葉が、ふいに目を見開いた。


あ、やっと伝わったのか…。


さっきからどうしようもない動悸と、伝わった喜びと安堵で俊が少し気を緩めて静かに話出したその時、



「………ぅギャーーッ!!」



今まで彼女の口調や態度からは想像出来ないような、ほとんどお化けにあったような叫び声と共に信じられない速さで千葉がその場から消える。


「千葉っ!?」


ぽかん。


ひたすら長い廊下にポツンと残された俊は唖然として彼女が消えて行った先をしばらく見ていた。



「…………ぶっは、…っ」


俊は一人、夕陽が差し込む廊下で静かに肩を震わせる。

口元を隠しても漏れてしまう微笑みに俊は困った顔をした。

薄々気が付いていたけど、…千葉ってちょっと面白い。

ひとしきり笑い終わった後、俊はガバッと顔を上げた。


そこに迷いは一切なかった。



明日、絶対、捕まえる。




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