星空ロジック
岸田教団「星空ロジック」からモチーフを得た二次創作です。あくまでモチーフ。
けっこうオリジナル色が強く、曲のイメージが損なわれる可能性があるので、お好きな方ほど注意が必要かもしれません。
何でも許せる方向け、ぐらいに思ってください。
午後八時。空気はねっとりと湿気を含んでいるけれど、半袖では少し肌寒い。昼間の暑さは夜が近づくにつれて薄れてきた。秋も間近、熱帯夜にはならないだろう。
私は学校の屋上で、手すりにもたれかかって星空を見上げていた。眼下では、向かいの棟に居る生徒たちが、まだ文化祭の準備に追われている。私も親には文化祭の準備と言っておいたけれど、そんなものは言い訳。そもそも顧問に許可をとっていないし、うちの部活は文化祭準備なんか、やろうと思えば一日で終わってしまう。
私が所属している部活、天文学部。
おととしの春に入ったときから変わらず部員一名のこの部は、結局私が三年になった今でも新入部員の気配がない。でも、私はそれでもいいかなと思っている。空に、月に、星に興味のない人に無理やり入られるくらいなら、それが大好きな私と先生だけで十分だ。
「……先生、か」
「なんじゃー、呼んだか?」
「えっ、」
ひとりごとのつもりだったのに返事が返ってきた。ふり向くと確かに、天文学部顧問であり、奇跡的に三年連続で私のクラス担任になった、森坂先生がいた。
「呼んでないよ、なんで居るの」
「おんしがおると思ったからに決まっとるやろー」
「……相変わらず、適当な方言」
「まあのー」
先生は、どかっ、と近くの段差に座る。
「直さないの、それ」
「まあ、珍しいもんやきー、悪うないと思ってなー」
少し説明すると、本人曰く、先生は元々バリバリ土佐弁の地域で生まれたらしい。それから高校に上がるときに親の都合で大阪へ行き、教師になるにあたって栃木に来た。……まあ、それで方言が綺麗に混ざった、と。さらに教員三年目の今では、栃木のイントネーションも移りつつある。なんなのこの人、カメレオンかっての。それかメタモン。
「方言バイリンガルも良いもんやでー」
「もはや使い分けてないけどね」
「そこは気にしちゃあかんぜよ」
「…………」
あかんぜよ、っておい。それが最終形態か。
「それに、おんしも言うてくれたしの」
「……え、何か言ったっけ」
「覚えとらんの!?
『森坂センセーの方言、あたし好きですー』って、部室でおんしが寝とったとき」
「寝言かい!」
覚えてるわけねーよ、そんなん。
いつも思ってるけど。
「のう、とりあえず突っ立っとらんで座らんか? ピークまではまだ幾ばくかあるきにの」
「あれ、知ってたの?」
「伊達に顧問やっとらんもん」
そう、今日は流星群の極大だ。ピークは九時頃と予想されているので、帰るのはそれ以降にしようと思っていた。
夜遅くなると母さんが心配するから、普段は部活も学校ではろくに出来ない。前回できたのは確か、夕方頃に彗星がでてきたときだったかな。
だから、きっとこれが最後。
「ねー先生、」
「なんじゃー、」
先生の隣に座り、静かに言う。
「今日、新月だね」
「……やな」
星を見るだけなら、絶好の観測条件。
「次は、満月見よ?」
「無事に大学合格できたらのー」
いつもは先生らしくないのに、こういう時だけ先生ぶる。
「……合格したら、お月見ね」
「できたらの」
ちらりと横顔を見ても、光が少なくて表情が判らない。
「約束。忘れないでよね」
そう言うと同時に、ひとつの星が流れた。
そろそろ始まる。
「願い事、先生は決めた?」
満天の星空を仰いだまま、森坂先生に問う。
「おう、もうとっくに決めとったぜよ」
先生はにへらっ、と笑った。気がした。
「えー、なになに。彼女ができますようにって?」
「アホか。そんなんとちゃうわ」
「わー、ツッコミはさすが関西弁」
本場仕込みじゃきの、と今度は土佐弁になる。
「それに、願い事は口に出すと叶わなくなるー言うやろ」
「あ、そっか。逆に悪夢は誰かに話すと正夢にならないんだよね、確か」
「せやせや」
次第に落ちてゆく星々。
さらさら、さらさら
例えるならば、そんな音がきっと似合う。
「静かじゃのー」
「……だね」
この人は知っているのだろうか。
ふと、宙を見ていて思った。
私が思っていること、全て。
その上で、何も言わないのだろうか。
「ずるいなあ」
何が、とは言わない。
「おんしもずるいきー、お互い様や」
何が、とは言わないのに伝わるのが、悔しい。
「ねえ、やくそく、守ってよね」
「男に二言はないぜよ」
「忘れないでよね。私は忘れないから、絶対。ねえ、」
「……わかっちょる、」
せやから泣くな。
そう言った声が優しくて、また涙腺が勝手にゆるむ。
頭を撫でることも、ましてや抱きしめることもしてくれない。でもそれが余計、大人扱いしてくれているような気がして。
泣いている生徒に、ただ星を見つめる先生。
どちらの願いも同じだったことを知るのは、願いを届けた星々と隠れた月だけだった。
流星群は、いよいよピークを迎える。