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異能短編

――Struggle for ××××.

作者: 留龍隆

 企画立案者:クロワッサン氏

 作者間でキャラ同士をクロスオーバーさせて戦闘シーンを描く、という愉快な企画に参加させていただきまして、そこに掲載している短編戦闘場面です。


 *注意事項*


 拙作「宿屋主人乃気苦労日記。」「宿屋主人乃悪友乃日記。」を読んだ方の中で「あれで区切り良いんだから続きは望んでいない」という方、「キャラ改変されてんじゃねーか(二年越しで書いたのでちょいと性格忘れてますごめんなさい」という方、「能力設定変わってませんか(まず魔眼の設定が元々無理あっ(以下略)」という方、「そもそもバトルより恋愛とかが好きなんだよね」という方などには、あまりお勧めできません……。



 まずは、両者の能力設定などを記述いたします。フェアプレー精神。

 まっさらに何も知らないままで読みたいという方は前書きをすっ飛ばしてくださいませ。

 ↓ではれっつらゴー。




 有和良春夏秋冬ありわらひととせの所有スキル一覧


・『甘き痛み(スウィートハート)』……吸血鬼の牙が持つ特殊な毒。噛みつくことで相手の体に毒を打ち込み、足腰たたない恍惚状態に出来る。連続使用は出来ず、毒を再び溜めるには一時間ほど間を置く必要がある。名前の由来は〝吸血鬼は生涯の伴侶(スウィートハート)からしか血を吸わない〟という伝承。


・『絶対為る真理アブソリュートトゥルース』……吸血鬼の持つ魔眼の一種。視線を合わせると発動する。右目で相手の「Aに対する認識をBに対する認識に変更」し、左目で「認識を確定」することで、相手は「Aは最初からBであった」と認識するようになる。ゆえに幻術にかかったことにすら気づけず、効果が続く間その認識をぬぐい去ることは出来ない。

 ただし、AとBについて相手が正確な知識を身につけていないと発動しない。相手がどちらか片方でも知らなければ、術にかかることはない。蟻を象に視せるような、大幅なサイズ変更も不可能。また、固体・液体・気体の三態を入れ替えるような認識変更も不可能。効果持続時間は約五分。発動回数は日に四回が限度で、それ以上使えば脳への過負荷により有和良は失神してしまう。

 基本的な使い方は相手の得物を他の物に視せて動揺を誘う、または鏡や刀身に映る自分の目を見て自身の肉体を人狼だと認識させることで人体のリミッターを外し、限界を越えた身体動作を可能とすること。要は火事場の馬鹿力。なので戦闘終了後はひどい筋肉痛に悩まされる。人狼の認識が保つ間は野生の狼並の俊敏性と跳躍力と勘、並びにヘビー級ボクサーよりきつい攻撃力を得る。


・『とある拳士から習ったなんかよくわからん体術』……有和良は身長の低さからリーチがちょっとアレなので、蹴り技が主軸。絶招は《寸勁》。零距離の密着状態から腰を落としつつ半歩踏み込み、その震脚による作用反作用で生じた上方向への運動エネルギーおよび送り足を伸ばしたことで生じる前方への推進力を堅牢な足腰を介して伝達、体を外側へ開く動きを通じて、拳や肘で以て力の全てを相手に突き入れる技術。沈墜勁と十字勁を基軸としている、とか。普段の攻撃では纏糸勁を意識しているらしい。

 特に瞬発力に優れる人狼の動きで懐に入って打ち、鎧相手でも、衝撃だけは貫いてダメージを与える。


・『左手の守護剣(マイン・ゴーシュ)』……利き腕と逆、左手のサブウェポンである短剣を用いて相手の攻撃を受け流す剣技。主として重い長剣などを相手とした際に用いる。相手よりわずかに早い初動と先読みを駆使し、相手の剣の腹に自分の短剣を添えるようにして軌道を逸らしていく。

 後述の「血肉啜る牙痕」を構えている時のみ使用可能。


・『血肉啜る牙痕(ダインスレイヴ)』……魔剣。刃渡り60センチ、簡素な細身の片刃西洋剣。吸血鬼専用で、逆に言うと吸血鬼ならだれでも使える。切れ味は刃筋を通せば金剛石もカットカットカットカット。能力は以下の三つ。

老練の剣オールドエクスペリエンス』……それまで剣に蓄積された戦いの記憶を体に刻みこみ、まったく剣の心得がなくとも達人級の剣技を扱えるようになる。ただし剣を抜いている間だけ。

嚥下の血(ブラッドストック)』……相手の傷口と刀身が接触している間、凄まじい速度で刀身が血を啜る。そしてその血を剣が記憶することで後述の能力の発動条件が整う。

狩人の牙(ハウンドファング)』……嚥下の血が発動し、相手の血の味を覚えた段階で発動出来る能力。剣から手を離しての遠隔操作が可能となる(被術者から最大半径三十メートルまで操作可能)。その剣技は人の手を離れたことで、人間なら不可能な動きで斬撃を繰り出せる。ただし自動追尾ではなくあくまでも遠隔操作であるため、術者は絶えず思考を続けなくてはならない。




 氷室翼ひむろつばさの所有スキル一覧


 等価交換無しで錬金術使えるような方だそうです。


Silberwald(ズィルバー・ヴァルド)『銀の森』

 一メートル間隔程度で四方八方に金属の柱を生やす。

 そこから各金属で出来た針を三百六十度から射出。加えて柱そのものの倒壊などでもダメージを狙う。 


・Eis Bildschirmエイス・ビルトシルム『銀幕』

 氷、あるいは金属の柱を円状に生やす。それ以外は銀の森と同等。

 体の回りにドーム状に張られると非常にキツい。銀の森と併用で高い防御性能を誇る。


Eis Drache(エイス・ドラッヘ)『氷龍』

 周囲物質を全て固めて百メートルクラスの龍を作る。基本は地下水をくみ上げて氷で作る。

 炎で溶かそうものならアルカリ金属類が爆発炎上、水蒸気爆発、水蒸気による視界悪化など。

 爪の威力は金属を削げるほど。口にあたる部分からは氷や水、金属を吐き出す。


Cocytus(コキュートス)『嘆きの川』

 密閉された空間の温度をマイナス200℃ほどまで低下させる。

 0気圧の真空状態、酸素・窒素・二酸化炭素が液化。

 一瞬でも可能だが、普段は段階的に下げていく。


・Resurrectioレスレクティオ『人体練成』

 肉体を一つ作り上げる。脳細胞や臓器も丸ごと再現。意思や感情は持たず、心臓も動いていない。

 周囲の重力を細かく変化させたり、疑似脊髄から直接電気信号を送って動くことが可能。

 終われば消えて物質となる。


・『変成防御』

 体表に触れた金属の組成を組み替える。人体には使えない、ようだ。


・|Purgatorialプルガトリアル Papilio(パピリオ)『煉獄蝶』

 爆発と水蒸気に切り替えた状態2。低温で戦うことを捨て、単純な物量と熱量で勝負。

 龍を召還せずとも空を飛べる。超高空爆撃がメイン。

 閉所では使えないのが難点。


Feuer(フォイア) Drache(ドラッヘ)『炎龍』

 炎の龍。背に乗って空を飛ぶこともある。





 説明はここまで。有和良と戦したいという方はいらっしゃいませ。

 ……合意とみてよろしいですね!

 それでは、クロスオーバーバトル――ファイッ!




 ――introduction.



 ふと、影が差したような気がして辻堂はかぶっていたつばの広い帽子を少しずらす。彼の頭に載る、翼を広げたカラスのように黒く大きな帽子が足元へ落とす影は相当に大きいのだが、それすらも呑みこむほど暗くぼんやりとした影を感じていたのだ。

 彼が空を見上げると、かけていた眼鏡が明るい日差しを照り返――――さなかった。

「……なんだありゃ」

 ほの暗い井戸の底のような、との形容が当てはまる目と、常にへの字に曲げられている口が大きく開いてしまい、思わずくわえていたジタンが口の端から落ちた。ジタンは着用していた黒いロングコートのすそに当たって一度跳ね、そして地面に落ち着く。普段ならば慌てて拾って三秒ルールを適用させる辻堂だが、今ばかりはあっけにとられてそんな対応も思いつかない。

 視線の先、宙天の真ん中に位置する太陽が……燃え尽きてしまったかのように黒く、闇に呑まれた色合いを見せていたのである。

「なんだなんだねなんなのだねこれは……カノッサ機関の仕業か?」

「そんな機関ないよ」

 背後からの声に、首だけかたむけてゆっくりと振り返る。すると眼前にいたのは黒いマントのようなコートと学生服に身を包んだ少年で、辻堂はただの一般人だと思い無視しようとする。が、目を離せない。

 その少年がいるだけで、ただの住宅街の路地が異質な空間に捻じ曲げられている気がしたのだ。ただ、妙な魔力や術式の反応などは感じられず、危害を加えようとする気配もない。目に見えて武術の心得があるようにも、凶器を隠し持っているようにも見えない。変だな、という違和感だけが濃厚に漂っている、明らかなおかしさのみが在った。

 だが。

 だからこそ(、、、、、)やばい、と辻堂はこれまでの経験から培った勘の告げる警報を聞いた。

「おまえさんが、この事態を引き起こしているのかね」

「あれ、すごいな。あらゆる異能を持ちえない身であるがゆえの逸般人(、、、)だと聞いてたのに。もう看過されるとは」

「神威級の力を持った奴には何度か出会ったことがあるのだよ。強大に過ぎて感じ取れない力。悪意や善意を超越した振れ幅の感情。おまえさんからは、そいつらと同じにおいがする」

「……さすが。この世界に於いて人間の中では無敵、とまで呼ばれただけのことはある」

「別段無敵でもなんでもないわい。使える駒と味方が多いだけだ」

 鼻を鳴らして足元のジタンを踏み消し、携帯灰皿に吸いがらを納める。内ポケットからライターと二本目のジタンを取り出した辻堂は、自分が風下に居ることを確認してから、ぷかぷかと煙を吸い始めた。ところが少年もパイプを取り出すともくもくと吸いはじめ、気を使ったことを辻堂は後悔した。

「それだけで力と渡り合えるもんでもないと思うけどな。なんだっけ、あなたの技。『繰言くりごと』『上言うわごと』『絵空言えそらごと』だったかな。言霊なき言葉を紡いで敵を陥落させるってやつ。あと、無言抱擁むげんほうよう世迷言束い(ブラフワールド)無駄遣い(ジャンクユーザー)異界交渉人いかいこうしょうにん、といったいくつもの称号を冠せられた、二十一世紀最高の戦術家にして弁論家だと俺は聞いてるよ」

「世迷言以外は名乗った覚えないのだがね。私はただの宿屋の対外折衝役、最弱の非戦闘員だ」

「まあたしかに、現段階でも中学生と喧嘩してギリで負けるくらいに見える」

「なめんな、逃げ足だけは速いぞ」

「愛煙家って時点で持久力のなさが目に見えてる」

「百メートル稼げば問題ない。私が笛を吹けばどこからともなく酔狂戦士バーサーカーが現れるから覚悟しておくのだな!」

 言って、何やら銀のホイッスルを取り出す辻堂。ぶつぶつと「一回吹けばトンファー、二回吹けば梓弓、三回吹けば日本刀の使い手が……」などと講釈をたれる。少年はくすりと笑って、自分の顔の前で手を振った。

「いやいや。別に俺はここであなたと戦うつもりはないんだけど」

「ないのか」

「ない。今回召集するのはあなたじゃ、ない。ただせっかくだから観戦にお誘いしようかな、とね」

「……観戦? なんのだ」

「あなたの悪友しんゆうと異界の猛者との戦闘だよ」

 ぱちん、と少年が指を鳴らし、その音の響きが消えると同時に周りの住宅街から人の気配が消えた。いったい何が、と動揺を隠せない辻堂に、少年は笑ったまま告げる。

「あなたを異界に招待するには少しこの世界の法則を歪めなきゃいけない。ただそんなことして元に戻すの面倒だからさ、あなたの方から異界を観測して侵入はいってきてもらう。要はあなたの世界に対する認識の方を変えてもらうんだ。それには観測者が一人の方が都合がいい」

「すまん二十文字以内でわかりやすく説明してくれんか」

「この写真の世界を思い描いて」

 いつの間にか片手に持っていた写真を、ずいっと押しだしてくる。辻堂はそれを食い入るように見つめた。

 聖堂……教会と思しき建物が映っている。ただかなりぼろぼろでみすぼらしく、赤レンガの塀に囲まれた敷地内も真ん中の石畳の道を除くと篠が生い茂っていてかなり荒れ果てている。空は曇天より雨が滴る。周囲は杉林。ぎしりと音を立てて今にも壊れそうな赤錆び臭い門扉がゆっくりと開いていって……

「……ああ?! どこだねここは!」

 いつの間にか、辻堂は写真の中にあった世界に降り立っていた。

 そして、


「――ん?」

 

 開いた門扉の向こう側には、

「なにしてるんだ、辻堂」

 ミリタリージャケットを着込み、左手に全長七十センチほどの西洋剣を携え、雨にぬれたぼさぼさの黒髪を掻く、やや身長の低い男。

 目つきの悪いそいつはいぶかしげな表情で辻堂をにらみあげ、首をかしげてそう問うた。あからさまに挙動不審な態度をとる辻堂は、慌てふためいて眼前の彼を指さす。

「――あ、有和良? まさかおまえさんが、戦うと?」

「ん、ああ。なんか突然届いた封筒開けたら、ここに飛ばされた。空に黒い太陽のぼってたろ? あれを元に戻すにはここで誰かさんと戦え、ってことらしいな。やーれやれ、ようやく平和に暮らせると思ったんだけどなぁ……」

「戦え、って……まず、戦えるのか?」

「リオとの戦いでの傷は癒えてるよ。少なくとも戦闘に支障はないって。それに、なんかこの空間ではダメージが一定量こえたら戦闘不能になるだけで、殺し合いにはならないそうだ。要はこの戦いの主催者を楽しませろってことだろ。なーんか、剣闘士グラディエーターの気分だよ」

「いや、リオとの戦いって。おまえさん何年前の……」

 そこまで言いかけて、辻堂は気づく。

 有和良の姿が、今の辻堂が知るものよりも若干若く、背も低いということに。言いかけた辻堂を見上げて怪訝な表情を見せる有和良の方も、辻堂を見てなにか気づいたようだった。

「……おまえ、なんか老けたか? あと縛ってる後ろ髪も長いし、煙草吸うのにも慣れてるし」

「有和良。おまえさん歳はいくつだね」

「は? いや十月で十六になっただろ」

「…………、」

 くわえていたジタンを指先でつまんで携帯灰皿におさめ、ついでに残りは二本だと確認してから、ふはーと煙を吐く。せき込む有和良を尻目に、辻堂は結論付ける。

「時間逆行か」

 連れてこられた際に互いが存在した時間軸が、違う。そのことに気付き愕然とする辻堂の背後に、学生服の少年が再び現れる。詰め寄って、辻堂にだけ聞こえるようにつぶやいた。

「悪いけど俺と出会ってからの記憶は、この空間を出たら消失するから」

「…………ふん。何かを告げる気など元からないがな」

「なぜ」

「多少変わろうとなんだろうと、そんなものは些事にすぎん。奴は己で生き定めた。その先の世界は、私のあずかり知るところではない。だが同時に、誰にも邪魔立てはさせんよ。お前のような奴はもちろんだが――私自身にさえ、な」

 言って、辻堂は門扉の外へと一歩出る。学生服少年は難しそうな顔を一瞬だけ見せて、続けて指を打ち鳴らした。

「あなたはよくわからない人だね。じゃ……そろそろ、二人には始めてもらおうかな」

 とたんに扉は閉鎖され、なんらかの障壁によって教会敷地内と外部が完全に遮断された。いつの間にか奥の方、崩れかけた教会のすぐそばに一人の男が現れている。

 様になった白衣姿、銀縁の眼鏡ごしに捉えられる鋭くも理知的な顔立ち。身長は有和良より少し高く細身で、しかし圧倒的な存在感を伴ってそこにたたずんでいる。静かな、秘めたる強さらしきものを感じさせられ、有和良は反射的に身構えていた。男は足元に水銀と思しき鈍い輝きの流体を携えており、おそらくはそれをなんらかの手段で武器と為すのだろう、と辻堂は推測した。

「というか……なんか眼鏡といい、『辻堂を上位互換してみました』みたいな人だな……」

「有和良、貴様戻ってきたら根性焼きな」

 ぼそりと聞こえないようにつぶやいたつもりだったらしいが、有和良の声はしっかり辻堂に届いていた。

「冗談だって」

 剣の鞘を腰のベルトに挟んで邪魔にならないよう後ろに回し、すらりと抜き放って右片手正眼に構える有和良。ジャケット裏の右胸辺りにホルスターごと縫い付けてあるダガーナイフの存在が気づかれているかはわからなかったので、とりあえずまずはこの魔剣『血肉啜る牙痕(ダインスレイヴ)』で攻めることとする。すると有和良の構えに呼応したのか、相手も左掌を前に突き出した。

「私の相手は、君なのですか」

 よく通る声で、静かに相手は確認をとってきた。

「らしいよ」

「そうですか。災難なことだ、君も。このような戦いに巻き込まれてしまうとは」

「いや、俺これでも財政難で喘ぐ経営者なもので。勝ったらお米券三万円分というのは正直ありがたかったりするんだ」

 あいつそんな条件で戦ってんの? と辻堂は隣の少年を見やる。強くうなずきを返されて、辻堂は呆れかえった。白衣の男もなにやら戸惑っている。

「……君、それでモチベーションは保たれるのですか?」

「うちは俺を合わせて七人と猫一匹いるからさ。月々の食費でも米代バカにならないんだよ。三万円分とか超魅力的と言わざるを得ない」

 あと数年でさらに二人ほど住み込みの人間が増えるぞ、すまないな、と辻堂は心中でつぶやき、有和良の後ろ姿に片手で拝むようなポーズをとった。

「構わないのなら、もはや何も言いませんが。……血も出ない戦いとはいえ痛みは多少ありますし、そこは覚悟しておいてください」

「しょせん模擬戦、と思えばむしろ俺の場合実戦よりやりやすくて助かるよ」

 わずかに剣先を下げて、有和良は切っ先ごしに白衣の男を見据える。

 彼我の距離は約三十メートル。互い、構えている武器は一見して遠距離攻撃には適さないと見える。だが油断はせず、有和良はいつでも動き出せるように各関節を緩やかに、活かす。

「二人とも準備は出来たかい?」

 学生服の少年が声をかける。二人がうなずきを返して、それに応じて少年が片手を挙げた。

 白衣の男から、名乗りをあげる。

「氷室翼と申します」

「有和良春夏秋冬。職業は宿屋経営などを」

「それはそれは」

 お見合いか、と辻堂が突っ込みをいれると同時。

 学生服少年が腕を振りおろし、それが開戦の合図となった。

 雨は、いつの間にかやんでいた。




 ――Battle start!!




「――Silberwald(ズィルバー・ヴァルド)

「――れ!」

 互いに技を使い、効果はすぐに現れた。

 有和良の魔眼は刀身に映りこむ己の身体を人狼であるとの自己暗示(認識)をかけ、「人間」のカテゴリ内においては不可能なほどの間接駆動、身体動作を可能とするものだ。また既に抜いている片刃西洋剣『血肉啜る牙痕』の能力である『老練の剣オールドエクスペリエンス』により剣術の知識を取得し、精密かつ効率化された剣捌きを体現することができる。

 一方の翼は地面に手をつき、なんらかの術式を発動させた、と有和良には見受けられた。予想は的中し、彼へと続く石畳をまっすぐに走り出そうとした次の瞬間には翼の周囲にいくつもの銀の柱が出現する。またたく間にその数を増やし天にそびえる柱は、斜めにも突き出して有和良の疾走を押し留めようと迫った。

 電柱ほどの太さがある弾丸ならぬ弾柱はまさに火薬で打ち出されたかのごとき速度で以て有和良の体に突きこまれ、けれどその攻撃を予期していた有和良は半歩横へステップを踏むことで難なく回避する。だが問題はそこからだった。

 真横を突き抜けていった柱の表面で空を裂く音がして、有和良は横を見る前に剣を振るう。危険への直感は有和良の命を救い、断ち切られた弾柱の先端部その表面から射出された金属片はあらぬ方向へと飛んで行った。あらぬ方向へと飛んで行った、のだが、その数が尋常ではなかった。

 数百、へたすれば千を越える。サイズこそボールペンほどの、太めの針とでも形容すべき代物であったが、速度の方も時速に換算すれば千を越えるやもしれなかった。もちろん、単位はキロメートルで。

「ちょっ――物量作戦すぎ、」

「いきますよ」

 思考を続けながらも、もちろん有和良は足を止めるような愚は犯していなかった。こちらを見据える翼に一瞥くれて、舌打ちひとつ残して飛び退る。先ほど天に向かって地から突き出した数十の柱から、一斉に針が放たれていたのだ。

 翼の身のこなしは接近戦系の人間のそれではなかったため、ある程度遠距離戦を強いられることは予想していたものの。さすがに、これほどの数に頼った攻撃に見舞われるとは思っていなかった。たまらずバックステップで針の弾幕をかわし、かわしきれない分は右手の剣で打ち払う。その間にも人狼の暗示により引き出された動体視力で針を見極め、針には多様な金属と氷という材質のバリエーションを加えられていることを知る。

(うわ、めんどくさ)

 一撃一撃を打ち払うたびに弾丸の重さが変わるというのは、体に動きのパターンをしみこませることを封じているに等しい。千本ノックの最中に時々砲丸が混ぜられている、と考えるとわかりやすいだろう。

 あっという間に最初に立っていた門扉の近くまで退けられる。翼はその間にも弾柱を次々と生み出しており、それなりに広さのあった教会敷地内は今や翼を中心に縦横無尽に生える銀の柱で埋め尽くされている。それは樹氷の森を思わせる幻想的な光景ではあったが、今の季節は春でありそして美しい銀の柱は剣呑極まりない武器である。

 ――思考()から覚めた有和良は、自分めがけて針の弾幕が幾重にも連なって放たれるのを見た。

 見てから、動き出した。

 バックステップとターンを繰り返して最初の位置まで戻ったのは、このため。

 全ての針の動きだしを視認でき、なおかつ着弾までにわずかな有余を稼ぐためだった。

(ようい……)

 腰の位置を低く構え、踏み込む。石畳は体重六十キロにも満たない有和良の震脚で悲鳴をあげ、びしりと亀裂を生じさせる。重心移動で溜めこんだ力を全て前方に傾け、有和良は、針のむしろへ向かってスタートをきった。

「ドンっ!」

 針に向かって疾走する形になったため、相対的に速度が増したように感じられる。もっとも本来なら視認可能なものですらないのだから、そこまで気にすることもないといえばそうなのだが。

 走る途中、有和良は自分の左腕を『血肉啜る牙痕』でほんの少しだけ傷つけ、剣に血を吸わせた。実際にはこの空間におけるルールのためか血は出なかったが、判定上は効果があったとみなされるらしい。魔剣は歓喜に打ち震え、血は刀身に取り込まれた。

 このことで『血肉啜る牙痕』の能力が発動する。第二の能力『嚥下の血(ブラッドストック)』により有和良の血の味を覚えた剣は、第三の能力『狩人の牙(ハウンドファング)』の発動を可能とする。対象を自分として発動したため己の周囲三十メートルが限界距離だが、それでも手元から離して遠隔操作できるのは大きな利点だった。

 上半身を前に倒して低く走る有和良の前面を、手元から離れてひとりでに舞う魔剣がガードする。飛来する針はことごとく撃ち落とされ、落とせない分は避け、素手で払う。だが有和良は進むにつれ、生え巡らされた銀の柱に、両側を囲まれていく。いつしか柱は背後にも構築され、とうとう全方位攻撃がはじまってしまった。加えて翼の術によるものか、石畳に隆起が発生して有和良を狙う。足場が崩されたのでは、このままの進行方向には行けない。

 とたんに突撃をやめ横に飛んだ有和良は、針を放った直後の柱を蹴り、上にのぼっていく。追いすがる弾幕。かわしつつ斬撃。斬り飛ばした柱を盾に弾幕を防ぎ、その柱から針を放たれる前に蹴り飛ばして逃げる。

「……うん、オート攻撃じゃ、ないな」

 斜めにかしいだ柱を駆けのぼりながら切り刻み、有和良はそんなことをぼやく。

 オート射出ならばタイミングを測ればよいし、術者の任意で行われているのならたとえ弾速が音速に近づこうと、術者が意識したのちに放たれるためその短い間隙を縫って一撃を見舞えばいい。有和良は歩幅も移動速度も一定させないよう絶えず変化・緩急をつけることで、攻撃する際に相手が行う先読みのタイミングをことごとくずらしていた。

 暗狩くらがり流体術の一手、〝迷走めいそう〟による移動法である。

 しかも、人狼の暗示により有和良は四足走行も可能としている。凄まじい握力により足場とする地面や柱をつかんで急激な制動をかけ相手を翻弄する動きまでもが加わり、翼がいかに針の数を増やそうとも貫いていくのは虚空のみ。眩惑する有和良の歩調は、リズムをかき乱し続ける。

 それでも動きと呼吸のタイミングを読んで翼が柱の数本を同時に崩すと、有和良は宙天に一瞬浮く柱の破片を蹴り飛ばして移動し、さらには空中で足を振りまわして慣性を得ることで方向転換まで行って見せた。その間も、針を回避し続ける。

「猫のようだ」

 ぼやく翼。そして着地した柱の表面を舐めるように低く移動し、有和良は残りの距離を十五メートルにまで詰める。規格外の獣の動きは翼にとっては想定外のものでもあり、いささかやりにくさを感じる。同時に、有和良の能力がなんなのかもわからないことが迂闊な行動をとれないように思考を縛った。

 翼はさらに針の数を増やし、自分の身体の周囲をこれまでに出した柱の大半を用いてドーム状に囲み守ることで有和良の対応を見、そこから次の手を模索することとする。

(今わかることは、あれほど執拗に距離を詰めようとすることから、攻撃手段が接近戦に限られるようであること。そして手元を離れ念動力サイコキネシスと思しき異能で操作される剣の限界距離もそれほど遠くはないこと。身体性能の高さももちろんですが、私の攻撃意識の流れを先読みされているであろうこと。その三点、ですか)

 そこから導き出される推察としては、有和良が持つ異能は念動力系統に属するものであるという仮説、あれほど金属片を弾き落して刃こぼれ一つしない剣こそが異能の元であるという仮説、もしくはその両方、といったところだろうか。

 さらにいうならばここまで柱で身を囲み守る形態を見せつけられてなお進むという姿勢から、なんらかの決定打になる攻撃を持つと考えていい。精神干渉系か物理的な大破壊を引き起こすものかは定かではないが、いずれにせよ一度動きを止める必要性がある。

(……次の柱にきた瞬間、でしょうね)

 翼が思った瞬間、有和良が十メートルの間合いにまで踏み込む。翼は地面についた手に意識を集中させ、直後、針の嵐の中さらに立ち続ける柱のうちのひとつが、まばゆい輝きを放った。

「なっ……」

 絶句する有和良を包む、マグネシウムの大発光。外野として門扉の外にいた辻堂も袖口で目を覆うが、白の閃光は一瞬で目に焼き付いて何も見えなくさせる。

 銀だけではない。ありとあらゆる金属を用いて柱を作っていた翼は、針の材質にバリエーションを混ぜるのみならずその金属が個々に持つ性質をも武器としていたのだ。瞬時に酸化させることで光を放ったマグネシウムの柱は用が済んだため倒壊し、その重量で有和良を押しつぶそうと迫る。だが有和良には何も見えない。柱だけでなく、全方位から己に肉薄する針の猛威にも気づけない。針の先端が、有和良に触れる。

 ドームの中で静かに目を開き、翼は倒れ伏しているはずの有和良を見やった。

 だがそこには、切り裂かれた服のカケラが舞うのみだった。

「――逃した」

「こちとら目だけに頼ってないんだ」

 有和良の声は翼から近い位置に聞こえた。そう、避けたのなら、進んでくるのは自明の理。だがどのようにして回避したのかその術が思いつかず、翼はただ守りを固め針と柱の数を増やし、思考の時間を稼ぐ。念動力による軌道変化? それとも決め手とするはずだったなんらかの技術?

 なんにせよ危機を脱して束の間とはいえ安堵しているであろう今この時は、翼にとって攻撃の機と言えなくもない。もう少し先で使うつもりだった手段を、ここで行使することとした。マグネシウムにはまだ使い道がある。それすなわち、反応による水素の発生だ。爆発による攻撃に移るべく地面を介して再びマグネシウム柱、およびルビジウム、カリウム柱に術をかけ、さらに近くに生えていたアルミニウム柱の一部を粉塵として周囲にまこうとする。

「ぜえああああああァッ!!」

 そこで大きな振動が、翼の手元を狂わせた。ドーム状に張り巡らした柱の一部に亀裂が走る。八極拳の技の一つ、鉄山靠てつざんこうという肩口からの体当たりで有和良がドーム全体を揺らしていたのだ。

「なんというばか力」

 翼は涼しい顔でぼやいた。

 そう、崩しやすくしたのはわざとであり、これは翼の誘いである。ドームが死角を生み、視認できないままに針を撃ち続けてもあてずっぽうにすぎず、針と針の間には大きく隙間があいてしまう。といって、有和良の方はそのまま避け続けてもじり貧で、いずれは力尽きて当たってしまう。ゆえにこそ、互いが攻め合える瞬間を、わざと作りだしていた。

 誘いであると勘づいたかもしれないが、それでも有和良は踏み込まざるを得ない。攻撃手段が接近戦に限られていることだけは翼の読み通り、事実だからだ。そして無策でとりあえず踏み込むという愚者には、手痛い罰が待ち受けている。

 翼の周囲一メートルは、ドームにより密閉される間にマイナス二百度の環境に調整されていた。しかも零気圧の真空状態であり、踏み込んだ瞬間に内側からの圧力で人体は四散しスプラッターな光景が展開、凍結されることとなる。

(さあ、来ますか?)

 心中でうっすらと微笑みを浮かべる翼。そんな誘いは知ってか、知らずか。

 針が表面から放たれる瞬間にたたき落とし、間髪いれずに放つ体当たりでドームを崩した有和良は、倒れる柱、飛び散る金属片を自分の前で柄を中心に一回転させた剣で薙ぎ払い、空中に浮かぶそれを掴んで跳躍した。彼我の間にはとうとう二メートルしか残されていない。逆手に構えられ、左胴へと迫る剣。けれど翼は避けない、避ける必要が無い。

 錬金術の応用による《変成防御》が、翼の体表に振れた瞬間にどれほどの名刀であろうとただの板きれと為すからだ。……先の冷気操作・空気の組成変化といい、応用の利く能力が織りなす、二重三重の防護策である。

 振りぬかれる切っ先が、空間をも断ち切り今まさに翼に届かんとする残り一メートル五十センチ。その間合いに踏み込むや否や、有和良はつぶやきを漏らす。

「悪いけど俺、鼻が利くんだよ」

 人狼の鼻。それが危ういところで有和良を死地から遠ざけていた。

 先ほどから封じられっぱなしの視覚を補っていたのは嗅覚であり、有和良はアルカリ金属類の匂いを嗅ぎ分けて針の射出される方向と角度をある程度まで感じ取っていたのだ。

 だからこそ、今も。以前似た状況を経験したことから、翼の周囲の空気が不自然に停滞し気流の流れがおかしいと気づき、零気圧の真空へ踏み込む前に察知した。察して、見えない目を見開き、肺活量の半分ほどのブレスを放つ。凄まじい冷気にふれた呼気は瞬時に凍てついたが、しかし凍結した呼気の残る空間は真空ではない。

 有和良は踏みとどまり、上半身は慣性のままに思い切り剣だけを投擲する。《変成防御》で防ぐことも翼にはできる。だがそれは致命傷を防げるだけであり体勢の崩れは否めず、真空を防がれた今は追撃を食らう可能性を示唆している。

「くっ!」

 翼はかがんだ体勢のまま急ぎ手を足元の水銀に差し入れ、低温による固化で鞭のごとくしならせて操ることで有和良の『血肉啜る牙痕』を撃ち落とし、同時に延長線上にあった有和良の上半身を薙いだ。しかし有和良にはほとんどダメージは見られず、翼は驚愕する。

 水銀の比重は水の約十三倍であり、先ほどの鞭などは太さ十センチはあろうかという「しなる丸太」とでも形容すべき代物だ。そんなものをまともに食らって、普通無事であるはずがない。

 それどころか受けた勢いを利用して左回りに旋回した有和良は上体を傾け重心を動かし、反撃の左後ろ回し蹴りを放っていた。凍結した呼気の残る空間は真空から有和良の左足を守り、その空間を突き抜けてきた足刀は驚愕に固まっていた翼の右肩をへし折る。が、感覚はともかくとして、有和良の感じた気配に違和感が生じた。

「……フェイクか」

 ぐらり、崩れ落ちる人形を観察する暇は無い。再び四方八方から舞い飛ぶ針を剣を手元に戻すことで防ぎ、人形を確認するついでに盾とするべく蹴りあげる。……手触りは人に近いものだったが、不自然なまでに匂いが薄い。崩れた人形はよく出来た人体の錬成品だ。気配の変化に気づいたのは攻撃の寸前であるから、すり替えは一瞬、だから本体も遠くへ逃げてはいないと有和良は推測する。わりとすぐそばに、穴を掘って――と思考を巡らしたところで、穴から塹壕(、、)という嫌なキーワードが想起された。

 マグネシウム。ルビジウム。カリウムの柱。それに、アルミニウムの粉塵が舞う。

 マグネシウムは酸化する際に水素を発し、ルビジウムとカリウムは水に反応して爆発する。水ならば、先ほどまで降っていた雨がその役割を果たすだろう。アルミニウム粉は可燃物であり、同時に燃焼熱が大きい。しかも先ほどまでの戦いの痕跡か、崩れた石畳の間には針が散乱しており、あんなもの生成破片以外の何物でもない。

 だが、有和良はその場に留まった。はたから見れば自殺行為にしか見えないが、策を秘めたる顔つきで。針をかわしながら、ようやく戻りつつある視覚よりも嗅覚に重点をおいて、感覚を研ぎ澄ます。ほどなくして、匂いは見つかった。わずかに衣服に染み付いた程度だろうが、間違えようもない毒気、水銀の匂いである。姿こそ見えなかったが、匂いはすぐ近くにあった。

 逆手に持った剣を、全身の沈み込む勢いを載せて地面に突き刺す。ひび割れた地表の先に、困惑した様子の翼が現れる。自分の上に影がさしていることで有和良に気づき、水銀の盾を構えた。簡単には崩されぬようにと球状に作りあげたそれは、しかし渾身の突きであっさりと二つに砕け散る。またも驚きに目を見開く翼に向かい、有和良は肺活量をいっぱいに用いて狭い穴の中の真空をも無効化、そのまま穴倉に飛び込んで翼の首根っこをつかむと、

「おおおおらああああァっ!!」

 息を吐きつつ左腕一本で穴の上に投げ飛ばした。

 とたんに、轟音が穴の上を通過する。音の直前に翼が水銀を変形させ球状に展開して身を守ったのは見えたが、各種金属の反応爆発は色とりどりの閃光を伴って翼の体を吹き飛ばす。教会の鐘に翼が当たったのか、爆風で教会が崩れ落ちたのか、清浄なるセレモニーベルの音色が轟音の尾っぽを掻き消していった。

 垂直跳びで穴から抜け出した有和良は、油断せず剣を構えて翼の姿を探す。大量の金属柱による反応爆発は辺りを根こそぎ焼き払っており、熱で景色が歪むのを見据えながら有和良はその場を離れる。あれほど生え巡らされていた柱もそのほとんどが倒壊したり傾いていたりで、今は針を出す気配もない。

 石畳の両側に生えていた篠はもちろん、教会もやはり、焼け崩れていた。上半分は完全に形を失っており、落ちた鐘は教会の入り口をふさぐような形に――と、その鐘が、ゆっくりと動いた。

「……私に、何をしました?」

 鐘の中から現れた翼は、白衣もぼろぼろに焼け焦げていて眼鏡もなかった。水銀も、焼失している。

 一度せき込んでからじろりと有和良をねめつける。悪びれず、近くに落ちていた自分のダガーナイフ(だったと思しきもの)を拾い上げた有和良は、もう使えなさそうだと判断してそれを背後の穴倉に放り捨てた。

「水銀に対する認識を水に対する認識に、透明(無色)に対する認識を銀色に対する認識に替えておいた。最初から足元に置いてたし、いざって時に頼るだろうなと思ったから。それに、あなたの錬金術らしきものは既存の物質から作り出すというよりもその場に無いモノを作り出す、というものに見えたから……あなたの認識が変われば、作り出すものもその認識に沿うと思ったのさ」

 ドームを崩して攻撃に移ろうとした際に、有和良は見えない目を見開いて『絶対為る真理』を二連続で発動させていた。翼がこちらを見ていたかは賭けだったが、魔眼のことを知らない相手ならば分の悪い賭けでもないと思っていた。ゆえに質量のあるはずの水銀の鞭を受けてもさほど問題は無くなり、盾を使われても氷であるなら砕くのは容易くなったわけである。

「認識変更、それがきみの、能力ですか」

「まあそんなとこ。というか、あの爆発をその水銀、もとい水だけで受けられるとは思えないんだけど」

「……その問いに対する答えは今からお見せしましょう」

 つぶやきと共に翼は膝を曲げ、地面に手をつく。なんらかの術を使うのだろうと思った有和良は先手必勝と前進を選択するが、その前に石畳全体が隆起して押し留められる。

「――本日は気候が私に味方してくれました。雨上がりの後ならば、地中の水分を集めれば十分な量になる。私は先の爆発を防いだのもそうですが、水流を操るのが得意でして……加えて保険にしておこうと思い、先だってあなたが崩したドーム構築の際に、脆くすべく中心をくりぬいて地下に流しておいて、よかった」

「なにを、」

 有和良の言葉は地響きに呑みこまれ、押しつぶされて消える。ぎりぎりと地下から断続的に音が響いており、不気味さに有和良はたじろいだ。

Eis Drache(エイス・ドラッヘ)……『氷龍』です。全長百メートルほど、周囲の物質と私が今回使った金属、及びに地下からの水分。これらを凝固、凍結させて作り上げる巨龍です……異界からのお客人を傷つけ過ぎないようにしたかったので、できれば使用はごめんこうむりたかったのですがね。あなたが真空も爆発も切りぬけてしまったので、とうとうこれを出さざるを得ない」

「ちょ、それは」

 巨人が歯ぎしりするような音が、一層ひどくなる。まずいと感じた有和良は剣の遠隔操作で決着をつけようとしたが、届く限界距離をわずかに超えている。

 苦し紛れに投擲してみるが、水流で軌道を逸らされた上に《変成防御》で刃を潰されてしまい無意味となる。足元から体を震わす音は、もはや有和良の敗北へのカウントダウンを刻み始めていた。巨大な重低音が突きあげるように轟いた。

 有和良は溜め息をついて、頭をかいて、こちらを睥睨する翼と目を合わせて。

「ひとつふたつ認識を狂わせた程度では、百以上の物質を合わせたこの氷龍は崩せませんよ」

「だろうね……あーあー……」

「申し訳ありませんが、これにて終幕です」

 そんなことを話し合い。

 翼が地面から手を離し、立ち上がる。それを合図にしていたのか、重低音が止み、

 最後に有和良が、情けない声で翼に問うた。


「……ドローだと、お米券もらえないのかな?」


 次の瞬間には教会敷地内の地面、その隙間という隙間から紅蓮の炎が吹きあがり、地表全てが火薬でも仕込まれていたかのように凄まじい爆散を遂げた。





 ――Result.





「おまえさん、最後に何をしたのだね」

「ん? ああ。おまえさ、圧電体って知ってる?」

「……水晶とかのあれかね」

 引き分けという結果に終わったものの、それなりに主催者である少年を満足させることは出来たらしく。一万五千円分のお米券を懐にいれる有和良は、辻堂とそんなことを話した。

「水晶は圧力をかけると電気を発する圧電体だ。地下で他の物質と織り交ぜて作る龍なら、圧縮させられていい具合に電気が出ると思ってさ。その電流で氷が解けて水になれば電気分解、火花で火がつけば大火災、そのほかの金属類も還元とか起こして色々起きるだろうな、と思ったから」

「先に披露してもらった金属のひとつを、水晶に対する認識に替えたというわけかね」

「そういうこと」

 色々な金属を混ぜ過ぎたことが、むしろ有和良には好都合となってしまったらしい。ちなみに翼はというとすでに学生服の少年と共にこの教会(跡地)からは姿を消しており、残された有和良と辻堂もあと五分ほどしかここには滞在できないとのことだった。

「無駄な知識ばかり身につけたものだな」

「……ついこの間おまえが教えてくれたんだろこれ。ライターの火花がどうやって出るかー、とか言ってさ」

「そうだったかね」

「そうだよ」

 黙り込んで記憶を探る辻堂は、かろうじて形を残していた赤レンガの塀に背をもたせかけるとポケットを探り、いつものくせでジタンをくわえた。そしてポケットから出した百円のライターを見て、そういえばそんなこともあったかもしれない、と納得した。

 そこにいる有和良にとってはついこの間、のようだが、辻堂にとってはもう何年も前の話なのだ。

「にしても、このお米券手に入れた過程は忘れるっていうんじゃ、俺元の世界に戻ったら交番に届けちゃうかもな」

「姫さんや主人、もとい葛葉さんが通りかかれば『たまには良い米食べよう』と無理やりにでも持って帰るだろうさ」

「だといいけど。そうだ、煙草一本くれないか?」

「別に私は構わんが……知っているから言ってしまうと、おまえさん煙草吸うとすぐに頭痛起こすのだよ」

「すぐ向こう戻るからいいだろ」

 一本だけ、と口にしてライターで火を点けた有和良は、口の中でふかす程度にとどめたものの、結局すぐに気持ち悪くなったのかげほげほせき込んで口から離す。言わんこっちゃない、と携帯灰皿を差し出した辻堂にそれでも片手をあげて制止をかけ、有和良は無理して吸った。がらがらと声がしわがれた。

「あ゛ー。きっついな、これ。味とかあるのか?」

「煙草を吸わん奴に煙草の味はわからんのだ」

「それ、川澄さんが前言ってたよ」

「受け売りだからな」

 言ってしまって、なんとなくばつの悪そうな顔をする辻堂。横に並んで塀に身を寄せた有和良は、頭をかきながら煙を吐いた。

 じっとりと肌に湿り気が覆いかぶさってきていて、また雨が降りそうだな、と胡乱な頭で二人は考えた。

「……やっぱしおまえ、こっちの世界来るんだな」

「おまえさんが原因ではないぞ。おまえさんはそちらを知るきっかけだったにすぎん、進むと決めたのはあくまで私自身だ」

「おまえの好きなRPGとかとは全然違うぞ」

「興味だけで首を突っ込むわけあるまい。私だってそのくらいの分別はある」

「じゃあなにさ、こっちにくる理由は?」

「おまえさんが知らなくてもいい、どーでもいいくだらん理由だ」

 へえ、とつぶやいて、それ以上有和良は先の世界で辻堂が何を思ったか、自分たちに何が起こるのかを聞こうとはしなかった。

 代わりにくだらない会話だけが続いて、どうせ元の世界に戻ってからも似たようなやりとりをするのに、とどちらかが思って、どうせ元の世界に戻れば全て忘れてしまうのに、とどちらかが思った。

 やがて教会周辺が、濃い霧に包まれていく。どちらともなく、終わりが近付いていることを悟った。

 有和良は遅いペースだったためまだ半分ほど煙草は残っていたが、辻堂はすでに吸い終えて携帯灰皿に吸いがらを納めていた。

「そろそろ、いくか」

「戻るか、の間違いだな有和良」

「んー……いや。生きると書いて、生くとしておこう」

「似たような言葉を前にも聞いたような気がするがね」

「今の俺でも知ってることか、それ?」

「どうだったかな。なにぶん昔のことなのでな、思いだせん」

 そういってジタンの箱を振った辻堂は、中が空であることに気付く。先ほど有和良に渡した分で、最後だったらしい。タバコ臭い息を吐いて、辻堂は塀から身を起した。続いて有和良も体を起こす。二人を包む霧は、二人の間にも立ち込め始めていた。

「時間、みたいだな。元気でやれよ」

「おまえさんもな」

 霧が二人を包んで。

 じゃ、とどちらかが言って。

 またな、とどちらかが返して。

「――そういや割符ってまだ持ってる?」

「こっぱずかしいこと思いだせるんじゃないわいバカ者」




 Daily life.




 夕闇で立ち止まっていた自分に気づいて、辻堂はつんのめって倒れそうになった。

「あ? あー……白昼夢、いや内容覚えていない、ただぼーっとセンチメンタルになっていただけかね……」

 歳かな、となんだか腑に落ちない顔であくびをかました辻堂は、景気づけの一本と思いジタンの箱を探る。

 ところが中には一本も入っておらず、代わりに携帯灰皿の中に吸いがらが増えていた。

「……まさかここでぼうっと中空を見据えたまま無意識に煙草を吸っていたというのか。いかんいかん、変質者扱いされてしまうではないか」

 さっさと宿屋に帰るべきだと判じて歩きだそうとすると、電話がかかってきた。画面を見ると呼び出しているのは彼の雇い主である女性であり、辻堂は自分が花見の下見に出かけていたことを思い出した。慌てて出るといつまでほっつき歩いているのか、と静かに叱られてしまい、その場で平身低頭謝った。

「しかし下見したところ桜は今週中が見頃のようだし、明日明後日の土日が空いていないかと私は……ああはい、決算報告の方はもう柊に……え、逃げたのかねあいつ」

 どうやら花見どころではなくなりそうだった。辻堂が溜め息をつくと、電話口の向こうからはある意味で彼が雇い主より苦手としている少女が、好意を全開にしてどうでもいいことをべらべらとまくしたてはじめたので通話を切った。

「……なにやらついていないなァ。煙草買ったら戻るとするか……」

 辻堂は片手に握ったままの携帯灰皿のふたに手をかける。ところが、中の吸いがらと箱のジタンの本数と、計算が合わない。知らぬ間に吸ったにしても、彼は喫煙マナーには気を付けるはずなのだが。

 消えた一本の行方に、辻堂は首を傾げた。



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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、モトと申します。クロワッサン様の戦闘企画の参加者のうちの一人です。以後何卒よろしくお願いいたします。 いやぁ、あまりに格好良くて思わず感想を書き込んでしまいました! ええ、も…
2011/04/01 17:41 退会済み
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