13話 異端の訪問者
目の前には、濃い紫色のワンピースを着た、長い綺麗な金髪の小さな女の子がいた。
知り合いではない。誰だろう?
「君、どうしたの?迷子?」
迷子でも普通は他人の家には来ないと思うが。
「お姉ちゃん、いる?」
「姉ちゃん?」
姉って言っても俺の家には……
ああ、もしかして空か?
「空、ちょっと来てくれー!」
少ししてから空が部屋から出てくる。
「ああ、すまん。えっと、お前妹いるか?」
「妹?んーと、いないと思うけど」
思う?なんだ、それ?
……まぁいいか。
「だ、そうだ。ごめんな、人違いかな?」
子供なんだし間違いはあるものだ。
「ううん。人違いじゃないよ」
「え?」
「ターゲット確認。回収する」
……は?
どういうことだ。
「いったい何を言っ──ガハッ!?」
「仁!?」
いきなり背中に痛みが走る。
理由。体が後ろの壁にぶち当たったからだ。
「痛っつぅ……、今、何が…?」
直前に見えたのは、小さな手が俺の腹に触れたところまで。
その瞬間、鈍い痛みと共に体が後ろにふっ飛んだ。
「お姉ちゃん、みいーっけた!」
「え?」
声のほうを向くと、さっきの女の子が空のほうに向かっている。
この子は…何だ?
つうか土足じゃねーか……
「な、なに!?来ないで!」
得体の知れない恐怖で叫ぶ空。
だが、その足は何故か動いていない。
「え、動かない。何で?」
「逃げちゃダメだよ、お姉ちゃん」
「ぅぁ……」
突然空が地面に倒れる。
「空?おい、どうした。おい!?」
「……うるさいなぁ。少し眠らせただけだよ。」
眠らせた?どうやって?
慌てて立ち上がり空の所に行こうとする。
しかしその途端、目の前を右から何かがすごい速さで通り過ぎて足が止まった。
今のは、剣?
左を見ると二メートルほどの大剣が壁に突き刺さっている。
そして飛んできた方向、右を向くと、
「やーっぱりお前、知ってたんじゃーん」
「お前は……」
大剣を投げた犯人は、赤い服を着た昨日の男だった。
つうかこんな物《大剣》、普通の人間が軽々と投げれるのか!?
「ルチアー。お前の勝ちかよォ、クソッたれが。」
「もたもたしてるジルくんが悪いんだよ。追いかけっこばっかりしないで、見つけたらそっこー捕まえないと」
「なんだァ、お前。見てたのかよ……」
こいつら、何をのんきに話してやがる。
だが、今なら隙があるかもしれない。
イチかバチか!
空に向かって走り出す。
捕まえたらそのまま裏口から逃げ――
「……あァ?何してんだ、お前?」
急に振り返るジルと呼ばれた男。
そのまま躊躇無く俺の腹に蹴りを入れる。
「ゴハッ!?」
「テメェに用はねェんだよ。つーか今思ったら俺が負けたのはテメェのせいだぞコラ。」
そう言って連続で蹴りを入れてくる。
くっそ、痛てぇ……
「人のせいにしちゃダメだよ。負けは負けなんだから手柄はぜーんぶ私の物なんだからね。ほらジルくん、この子持ってよ。」
「チッ……」
ジルと呼ばれた男が、何事も無かったかのように空を乱暴に担ぐ。
「あ、そうだ。このお兄ちゃんどうするの?」
「あァ?記憶でもぶっ壊したらいいだろが。先に行ってるぞ。」
そう言って、大剣を壁から抜いて外に出て行くジル。
記憶を壊す。どういうことだ?
「そうだね。じゃあお兄ちゃん、ちょっと昨日今日のあの子の記憶を消すだけだから。痛くないから安心してねー」
腹を抱えてしゃがんでいる俺の頭を軽く抑えてくるルチアという少女。
何かすごくヤバい気がする。
しかし指一本動かない。
ど、どうすればいい!?
「いっくよー…ってあれ、拒絶?――え、お兄ちゃん、こっちの人?でもこの世界には……、まさか」
何だ何だ?
ルチアが戸惑いの声をあげたと共に、体から違和感が消えた。
よし、体が動く!
「どけ!」
「っ!?」
ルチアを突き飛ばし玄関を出る。
子供を突き飛ばすのは気が引けたがそんなこと考えてる場合じゃない。
ジルは急いでいないのか、すぐ近くに見えた。
見えたのはその後ろ姿。
そして、その奥にある黒い何か。
そう、何かだ。
真っ黒ではなく、薄くなったり濃くなったりを繰り返している何か。
一言で表すと、『闇』
気体でも液体でも固体でも無く、空間という闇。
少しして我に返ると、その中に空を担いだジルが入っていく。
「……何なんだ、これは?」
こんな物、見たことも聞いたこともない。
「お兄ちゃん、逃げちゃダメだよ」
背後から声がする。
どうする。
今なら追いかけれる。
だがどこに?
帰ってこれるのか?
「そこに入るのは危ないよ?」
声と共に背中に何かが触れる感触がする。
ルチアの手か?
何かしてくるかと思ったが、何も起こらない。
身体も動く。
……一応聞いてみるか。
「何で危ない?」
「…………」
「答えてくれない、か」
さて、ここで問題だ。
その一、空を見捨てて記憶を消されていつもの日常に帰る。
その二、空を助けるために危険を承知であの闇の向こうに行く。
選択肢はこの二つ。
普通は前方を選ぶだろうな。
自分に非がなく訳が分からないことに巻き込まれる承知で向かっていくのは、すごい実力者か単なるバカだ。
俺にはそんな力はないし、行っても何の助けになるか分からない。
だからって、見捨てるのか?
見捨てて良いのか?
「……よし、バカになろう」
空とは出会って一日しか経っていない。
あいつのことを何もかも知ってるわけじゃない。
それでも、何も分からず記憶を消されて他人に逆戻りしてもう会えない、ってのは嫌だ。
「だから、俺は空を追う。お前に記憶を消される気は、無い。」
そう言って、俺は闇に飛び込んだ。
──◎──
「――お前に記憶を消される気は、無い。」
そう言って闇の中に消える仁。
「……行っちゃった。やっぱりこっちに作用したかー」
ルチアは仁を止める気は無かった。
途中で都合が変わったのだ。
「で、どうなの?私の読みは……当たってたんだ。ふーん、でもあのお兄ちゃんと器が接触したのは偶然でしょ?ビックリしちゃった」
ルチアが小さな手を耳に当て、ぶつぶつと喋りだす。
しかし独り言というよりは、誰かと会話しているような感じだ。
そして少しの時間が経過した後。
「うん、もちろんそっちに連れて帰るつもりだよ。でも相手が相手だから何があるか分からないよ。だからそっちの準備もよろしくね」
最後にそう言い、会話を終えたように耳から手を話す。
そして、今度は普通に独り言を呟く。
「さて、まだ自覚もなにもしてないようだし、もう死んじゃったーってなる前に行かないとね」
そう言って手を前に突き出すと同時に、今はもう消えたさっきと同じ闇が出現する。
そしてルチアは躊躇なく普通に闇の中を進みだす。
その小さな背中が見えなくなると同時に、普通とはかけ離れた空間である闇が消えた。
まずは一章終了!
最後のは章と章の間みたいなものです。(まぁ気分で書いただけですけど。)
2章は短くなりそうな気もするし長くなりそうな気もしますww
ちなみに最近忙しいので更新がゆっくりになるかもです。