stage4 アラクネの谷
新たにピリカと言うピクシーを仲間に加えた鏡夜達一行は、はるか西にある大きな街を目指して歩いていた。途中、何度か可笑しな種族に出くわしたが、彼女たちも鏡夜達と同じく旅をしている一行らしく戦闘の意志がまるっきり無かった。しかも構成メンバーは女性ばかり。少々心配になったが、その中にベヒモスと言う強力な種族がいる事をシグレに教えてもらった鏡夜はそのお陰で向こうのパーティーへの心配が無くなった。笑顔で別れた鏡夜達はそのまま真っ直ぐアラクネの谷を目指した。
「えぇっと・・・そろそろ夕焼けかな?」
鏡夜が空を眺めながらその様子を見ていたが、段々と空の色が赤くなり始めたので夕焼けが近いと予測できた。その頃にもなると、眠っていたピリカも目を覚ましていた。最初はまたもや「Hしよう!」などと言っていたが、シグレに教えてもらったピクシーの弱点「太股の内側をくすぐる」をしてやると、急に暴れて苦しみ悶えて笑って太股で鏡夜の指を締め付けた。最初はそれが赤ん坊が親や見に来た人の指を掴む感覚と同じだと思っていた鏡夜だが、そんな感傷に浸っている内にピリカの動きが急に止まって鏡夜の手に倒れ込んだ。その顔は、気持ちよかったのか満足そうに笑っていた。あまり慣れていないのか鏡夜の手から離れようとしなかった。と言うより、暫くは五体満足した感じで体を動かそうとしなかった。聞こえてくるのは荒い呼吸と何度も鏡夜を「おにいちゃん」と呼ぶ声ばかりだった。
「ピリカちゃん・・・激しいね・・」
鏡夜の手の上で満足そうに笑って動かないピリカを心配したライムだが、ピリカを撫でてやろうとすると危険を感じたかのようにピリカが鏡夜の肩の裏へ回った。こういう時にピクシー種は便利な物だ。ピクシーは背中に羽を持っているのでそれを使って飛ぶこともできる。しかも誰かに襲われてもその小さな体と素早さを生かして逃げることもできる。そう言うのをピリカは使ったのだ。
「あらら?私って、嫌われてる?」
少し落ち込み気味になってしまったライムだが、ピリカの視線はライムには向けられていなかった。視線はライムのその向こう。やっと見えて来たアラクネの谷へと向けられていた。暫く歩いて言ってやっとアラクネの谷に辿りついた鏡夜達は、一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせてから中へと入って行った。中に入るときに、ピリカは暗い所が嫌いらしく鏡夜のバッグに入ってしまった。
「なんか・・・ジメジメしてるのは私は嬉しいんだけど・・・」
空気が湿っているせいなのか、ライムはかなりテンションの上限値が上がっているように見えた。しかし、それを上回って恐怖とスリルがライムの背筋を逆撫でていた。しばらく歩いて行くと、段々と蜘蛛の糸が壁にへばり付いているのが見えた。もうそろそろ危険だと思い始めた鏡夜だが、その心配は的中してしまった。足に何かが絡みついたかと思うと、間髪入れずにそれが引っ張られて壁をすり抜けて鏡夜の体が壁へと消えた。その際、鏡夜は頭を岩にぶつけて意識がぶっ飛んだ。
「・・・あれ?にんげんさ・・鏡夜さんは?」
背後の異変に、鏡夜が消えて少し進んでから気が付いたライムはシグレにそれを伝えようとした。しかし、ライムのドジが此処で発揮される。どうやらシグレとは分かれ道で分岐してしまったらしく、シグレの姿が何処にも見えなかった。
「・・・・主、そういえば・・主?」
しばらく何も言わずに歩いていたシグレだが、何か伝えたい事を思い出して後ろを振り返った。しかし、そこには鏡夜はおろかライムやピリカも居なかった。俗に言う迷子だ。完全に迷子だ。それで周りに誰も居なくなったと分かったシグレは、急にこの場所が怖くなってしまって顔から血の気が引いた。それからは自分の体を震わせながら先に進もうとした。しかし、洞窟の向こうから水の滴る音が聞こえるたびに恐怖で体を固めてしまっていた。
「・・・・」
一方その頃、鏡夜は気絶した状態で何処かの広い場所に糸でグルグル巻きにされて吊るされていた。通りの向こうから数人の喋り声が聞こえようとも鏡夜が起きることは無かった。暫くすると、上半身が人間の女性で下半身は大蜘蛛の体をしたモンスター「アラクネ」の団体が此処へ到着した。
「・・でさぁ、クゥの奴さぁ、何て言ったと思うぅ?」
どうやら声の数からして三人から四人程度だった。その誰もが、鏡夜が吊るされているのを見て目の色を変えて鏡夜に迫った。しかし、気絶している鏡夜は逃げることも気付くこともできなかった。バッグの中のピリカも恐怖から飛びだせない。幸いと言えば、アラクネ達の大きさが人と大差ない事が救いだっただろう。
「この人間・・・美味しそうね!」
「食べちゃおうか!」
「襲うの間違いじゃないの?」
「どっち道『食べる』からいいのっ!」
アラクネ達がコロコロと笑いながら雑談に走っていたが、一番先頭に居たアラクネが鏡夜を包んでいる糸に手を掛けた。そしてその鋭い爪で糸を切って鏡夜を自分の上に落とすと、鏡夜の体中を弄り始めた。
「やっぱり、こういうクールそうな男の子にはこの私、アーリャが一番でしょ。」
鏡夜の体を弄り回した後に、今度は撫でまわし始めたアーリャと名乗る女性。見た目的にどうやら鏡夜とは3~4歳ほど離れているように見えた。まぁ、人の寿命がこの手のモンスターに通用するかどうかは不振だが、とにかく鏡夜は色々とピンチになっていた。特に貞操の危機。
「あ~あ、見てらんないわ!アーリャ、どうしていつも遊んでるのよ。いつも情を移してる訳じゃないでしょ?」
アーリャが、鏡夜の体を撫でまわして遊んでいた。すると、しびれを切らしたのか一人のアラクネがアーリャから鏡夜を取ろうと鏡夜の腕を掴んだ。どうやらその先の引っ張り合いが予想されていたが、もう一人の方のアラクネが鏡夜の腕を掴む強さが強すぎたらしく。爪が鏡夜の腕に刺さった。その痛さに「痛ぇっ!」と大声をあげて目を覚ました鏡夜は、目の前の惨状に驚きを隠せなかった。目の前には女性が3人いた。その誰もが派手なボンテージの様な物を身につけている。マゾヒストなら泣いて喜んでいただろう。しかし、鏡夜にそう言った変態病は無い。しかも、その人たちもただの人ではない。上半身はナイスバディな御姉さんに見えるだろうが、下半身は大蜘蛛の物そのものだった。
「離しなさいよ!この子は私がたっぷりと遊びながら食べるのぉ!」
「そっちこそ離しなさいよ!その子は私が一気に満足させてから食べるのぉ!」
鏡夜はイマイチ言葉の理解に苦しんだが、ここがモンスターが徘徊している世界だと言う概念を頭にぶち込んだ瞬間、その謎は解かれた。しかし、鏡夜は為す術もなく二人のアラクネに引っ張られていた。痛みに耐えかねた鏡夜が痛みを訴えると、鏡夜が起きている事に今更気が付いたアラクネ達は一斉に鏡夜を狙って三つ巴の戦いに成って行った。その隙に逃げようとして腕を振り払った鏡夜だが、直ぐに足に糸を絡められて壁に磔にされてしまった。
「このぉ!邪魔しないでぇ!」
「あの子は私が愉しませてあげるのぉ!」
「・・・こうなったら皆でやれば?」『それだ!』
アラクネ達が鏡夜を巡って泥沼の戦いを繰り広げていた。しかし、途中で止めてしまった一人のアラクネが妙案を提案する。その案は一番アラクネ達の心に火を付けたらしく、他の二人が声を揃えて鏡夜に向いた。そしてみんなして鏡夜に手を伸ばした。ライムがあの時手を伸ばしてくれたのとは全然違う感じだ。
「さぁ、まずは服から脱がせましょ?ボタンをはずして、丁寧にね?」
「ホント、ネネはなんでも丁寧にしようとするわね・・まぁ良いけど。」
「まったく、今の言葉、クゥにも聞かせてやりたいわ。ねぇ、アルネ?」
所謂3Pを提案したネネと呼ばれた女性が、鏡夜が両手を縛られて動けなくなった所で鏡夜の服に手を掛けた。そしてそのまま鏡夜の服を脱がしに掛かったネネは、他のアルネとアーリャと駄弁りながら鏡夜の服のボタンを外していっていた。その手際は器用で、爪が長いのにもかかわらず服に一度も引っ掛けていなかった。あっという間に鏡夜の服のボタンを外し終えたネネは、さっそく鏡夜の服を脱がせた。その際、鏡夜が物凄く嫌がっていたのを耳触りに感じたアーリャが、鏡夜の口を飛ばした糸で塞いだ。
「それにしても・・・きれいな体してるわね。ますます美味しそうッ♪」
糸を飛ばして鏡夜の口を塞いだアーリャが、鏡夜の裸姿をみて舌舐めずりしていた。その表情は正しくモンスターだ。鏡夜の体に手を這わせているネネも、なんだか息が荒くなっているようにも鏡夜には聞こえた。アルネはと言うと、鏡夜の体を舐めまわすように視線を巡らせてニヤリと笑っていた。暫くはそんな状態が続いていたが、下拵えは此処までだと言うように鏡夜の体を這いずりまわっていたネネの手が段々と下の方へ向かって行った。このままでは本当にヤバい。いろんな意味でヤバい。
「さて、そろそろ本番と行きましょうね?僕?」
鏡夜のズボンに手を掛けて、焦らすかのようにズボンをずらそうとしていたネネ。その視線の先では、鏡夜が必死に首を横に振っている。しかし、アーリャに口を縛られている為に言葉を発する事は出来ないでいた。そのままピンチから絶望へと変わるかと思っていた鏡夜だが、そのピリオドは唐突に撃たれた。
「・・・主!あ・・アラクネ・・主に・・・主に手を・・手を出すなぁ!」
アーリャ達も通って来た、そこそこ広い一本道。その奥から鏡夜にとっては聞き覚えのある声が、アラクネ達にとっては食事の邪魔者となる存在の声が聞こえた。その正体は直ぐに現れた。それは、洞窟の暗さと孤独から恐怖が表に出て、体を震わせているシグレだった。そのシグレだが、鏡夜を見つけるや否や体の緊張感が嘘だったかのように解かれてそれは全て勇気に変わった。背中の剣を抜いてアラクネ達に立ち向かったシグレは、自分よりも力が強く、更には状況的にも有利なアラクネ3人に対して善戦していた。
「くっ・・・これは・・ハッ!くあぁっ・・」
武器を持っていない戦術的有利を最大限に発揮してアラクネ達を徐々に押して来ていたシグレだったが、それも長くは続かなかった。アラクネ達の攻撃は、素早さこそ無いものの威力はリザード種のそれを凌駕していた。暫く善戦していたシグレも、段々と消耗していき隙を見つけられて体中に蜘蛛の糸を絡められて身動きが取れなくなってしまった。そこからはまた鏡夜で遊ぶアラクネ達の図が展開される・・筈だった。しかし、ネネが鏡夜の張り付けられている筈の壁を見ると、そこには鏡夜の姿は無かった。
「お前達アラクネの弱い所は・・此処か!」
捨て身と賭けを両方全掛けしてネネの背後に回り込んだ鏡夜は、ネネの下半身の糸の出ているところ目掛けて木の棒を突き刺した。これが失敗すればもう助かる事は無いだろう。それどころか運が悪ければシグレもアラクネ達の餌食になってしまう。しかし、この賭けは鏡夜が勝ちを納めていた。
「!あぁあぁぁっ!」
鏡夜の放った木の棒を糸の飛び出し口ジャストに受けてそのままズブリと刺さったネネは、体中を駆け抜けた快感に耐えきれずに気持ちよさそうな顔をして地面に倒れ伏して体を震わせていた。その事に気が付いたアーリャとアルネは、逃げ出した鏡夜を捕まえようと糸を飛ばした。しかし、ここでも奇跡は起こる。
「あぁ!人間さ・・鏡夜さぁん!」
鏡夜とアラクネ達の対角線上に現れたのは、鏡夜ともシグレとも逸れてしまって少し気持ちが落ち込んでいたライムだった。しかし、鏡夜を見つけて気分が跳ね上がったライムは鏡夜に近づこうとトンネルを抜けて広場に出た。ライムの背後にはネネ達の放った蜘蛛の糸が飛んで来ていた。鏡夜が急いで注意しようとしたが、既に遅かった。蜘蛛の糸はライムに絡みついた。しかし、ネネ達の表情が嫌そうな顔になったのと同時に結果は見えたのだった。蜘蛛の糸は確かにライムに絡まっている。しかし、それは直ぐにズレ落ちている。スライム種の水分ばかりで構成された体だからこそ為し得る業である。しかもこの蜘蛛の糸、使い捨てではないらしくネネ達は糸を手繰り寄せると、ヌメりを手で払って退散して行った。ライムは事実上の鏡夜の(貞操の)命の恩人になってくれた。そしていつの間にか糸を解かれて動けるようになっていたシグレが鏡夜の無事を心配してすっ飛んで来た。その眼には涙が少し浮かんでいる。それほどまでに心配してくれたのだ。
「主!何処も怪我は?なぁ、主!」
鏡夜が何度も返事を返しても尚何度も鏡夜に無事を確かめようと声を掛けていたシグレだが、数にして約9回目でやっと鏡夜の声が彼女に届いた。そして安心したのかシグレはそのまま地面にヘタリと座り込むと、目を閉じて心の奥から安心しきっていた。暫くして動けるようになったシグレを連れて、鏡夜達はさっさとアラクネの谷を抜けてしまった。その間、アーリャ達に会う事は無かったが暫くは彼女たちもライムのヌメりを思い出す度にトラウマに支配される事だろう。そして、洞窟を出た鏡夜達は眩しさに目を細めながらも真っ直ぐ街へと向かって歩を進めて行った。