stage1 モンスターな少女達
空に広がる蒼い空。それは、この少年が少し前にいた場所では見えないほどに澄み切った青色をしていた。
「これから・・・どうするかなぁ・・・」
ここが自分がいた場所でないと言う事をすんなりと認めた鏡夜は、早速次はどうするかを考えた。常識が通用しない物を認めてしまうのも仕方なかった。鏡夜がこの世界へ落ちて来た時、最初は自分の世界だと思っていた。少なくとも宙を浮いていた間はそう考えていた。しかし、運よく鏡夜を受け止めてくれたのは人の姿をして入るが明らかに半透明の少女だった。しかもその少女は、鏡夜を見るなり「Hな事をしたい」と言いだしたのだ。疑問と恐怖に押しつぶされた鏡夜はその少女から逃亡。暫く走って此処で座って落ち着いたといった状況だった。
「・・・・・うわっ!」
寝転がって考え事を始めてからはや数十分。此処が何処なのかも分からない状況下では、簡単に考えれば救助が来るまで動かずに待つか、自分から動いて場所の把握を目指すのが妥当だった。しかし、そのどちらも希望は見えなかった。前者は、ここが地図に載っていそうもないので即座に諦めた。後者は、また先程の様な人ならざる者に出くわすのも嫌だったので無理だった。残った選択肢は、この見晴らしのそこそこ良い低い丘でジッとしている事になってしまった。暫く目を瞑って風を感じていたが段々と嫌な足音が聞こえて来たので目を覚ました。その足音の正体は意外と目の前にいた。
「こんにちは!人間さん。」
目の前にいたのは、少し前の体が半透明の少女だった。あの時見たのは目の錯覚ではないと此処で分かった。彼女の体は、光こそ透き通らせないものの、うっすらと向こう側の景色が見えた。それに体の色も肌色では無く水色に近い青色だった。流石に目の部分は白目と黒目の部分があったが、体の大半はどうやら水分のような物の構成で出来ているようだ。その少女は、ニコッと笑うと鏡夜に手を伸ばした。最初は反射的にまたHがしたいと誘われると身構えた鏡夜だが、そんな必要は無かった。彼女は手を伸ばしていたが明らかに掴んでもらうために伸ばしていた。それを掴んだ鏡夜は、そのまま彼女に起こしてもらった。その時の手の冷たさは、鏡夜にとって忘れられない物となった。
「私の名前はライム。よろしくね?人間さん。」
ライムと名乗った少女は、起こした鏡夜の腕に抱きついた。その冷たさと言ったら、まるで水で出来たスーツを着ているようだった。しかし、これでライムがもう変な気を起こしそうにないと分かった鏡夜は、とりあえずは此処に付いての事を調べることにした。
「それじゃ・・・ライムは、此処は何処なのか知ってるか?」
手始めにとりあえず此処についての事からライムに聞いてみた鏡夜だが、ライムからはろくな情報は聞き出せなかった。どうやら彼女は相当の天然さんらしく、此処についての情報などこれっぽっちも持っていなかったのだ。せいぜい自分の家のことぐらいしか知らないらしい。
「そんなにここの事について知りたいの?」
質問された事に対して疑問を抱いたライムは、鏡夜にそれだけを聞いてみた。もちろん鏡夜は首を縦に振って肯定の意を示した。すると、ライムは自分の家に一度帰って地図を持ってくると伝えると、まるでかたつむりが移動するかのようなゆっくりした動きで帰って行った。付いて行った方が早いと判断した鏡夜が付いていこうとしたが、ライムがそれを拒んだ。理由は「またさっきみたいに暴走しちゃいかねないから」だそうだ。その指示に従ってその場で待つことにした鏡夜は、また風を浴びる時間に逆戻りしていた。
「・・♪ララッラ~♪・・・ハッ!キサマアァァ!」
鏡夜が風を浴びていると、何処からか歌が聞こえて来た。相当に透き通っている良い声質だ。その声に少し惹かれた鏡夜は試しに顔をあげて見た。すると、丘の下でなにやらトカゲの様な尻尾を生やした女性が武器を片手に歌を歌っていた。しかし、その次の瞬間にはその女性と目が合った。すると、急に恥ずかしくなった女性は顔を真っ赤にして武器を担いで鏡夜に迫って来た危険を感じた鏡夜が退こうとしたが、目の前まで来たところで女性は丘の段差に躓いて転んだ。暫くは動かなかった彼女だったが、少ししてから飛び跳ね起きた。そして、彼女は鏡夜の目の前に跪いた。
「クッ・・・キサマは私を倒したのだ・・・好きにしてくれ・・・」
勝手に転んで勝手に屈服した彼女は、鏡夜の前に跪いて命令を待っていた。何かがおかしいが、その理解不能と言いたげな顔を見た彼女は、説明と同時に何故か自己紹介までしてくれた。
「私の名前はシグレ。リザードという種族の戦士だ。リザード族というのは義理固い種族でな、自分が勝てばその相手を屈服させて自分の好きな事をさせる。だが、それは勝敗が逆でも同じなのだ。自分が負ければ相手の言いなりになる。そういう種族なのだ。私たちは。さぁ!キサマ・・いや、貴君の勝ちだ。好きに命令してくれ。死ねと言うなら喜んで此処で命を断とう。奴隷になれと言うなら喜んで貴君の奴隷となる。さぁ!命令をしてくれ。」
シグレの熱弁に押されて聞き入っていた鏡夜だが、言葉を出せないでいた。シグレのあまりにも熱い熱弁の数々。その邪魔な程の清々しさ。そしてそれだけの発言が許される勇気。それらに押された鏡夜は完全に勢いで負けていた。暫く考えて鏡夜が出した結論は「此処について教えてください。」それだけだった。その言葉を聞いたシグレは驚いていたが、キョトンとしながらもきちんとこの辺りの事については教えてくれた。
「・・・と、まぁこの辺りはそんな感じだ。しかし、本当にこれだけなのか?私が聞く限り、人間は支配欲の塊だと聞いていたが・・君の様な人間も居るのだな。しかし、これでは私の方の気が済まない。こうなったら・・」
あらかた説明の終わった所で、シグレは本当にこれで良いのかを鏡夜に問いただした。そもそもシグレが転んで負けた時に悔しがっていたのも、これからは自分が鏡夜に何かしらの事をされると早とちりしていたからなのである。それがこの辺りの事を教えて欲しいと言うすっぽ抜けた命令だったので疑問を抱いてしまった。そして鏡夜の存在に感動を覚えたシグレだったが、なんとも予想外だったので自分の気持ちの収まりが付かなかった。それが暴走してしまったシグレは、顔を真っ赤にしながら鏡夜の目の前で防具の留め具を外し始めた。暫くその事に気が付かなかった鏡夜は、シグレが防具を脱いでラフな白いTシャツ一枚になった所でやっとその危険性に気が付いた。彼女が自分をリザード種と言っていたが、それも納得できた。彼女の顔は、普通の人と何ら変わりが無いように見えたが良く見ると耳の部分が尖っていたり、皮膚の所々が鱗のような並びをしていた。外見からわかっていたが腰の辺りからトカゲの様な尻尾が生えていて、そこだけは頑丈そうな鱗質で覆われていた。鎧から飛び出していた辺りも考えると、これを武器にして戦うことも可能だろう。そんな事を考えている鏡夜だったが、直ぐにそんな考えなど吹き飛んだ。鎧を脱いだシグレは、続けてTシャツも脱ぎ始めたのだ。肌蹴た個所から皮膚が覗いていることから容易に次は裸だと判断できた鏡夜は、慌ててそれを止めさせようとした。
「・・・仕方ない。主の命とあらば抑えよう。」
服を脱ぎかけていたシグレは、途中で止めてもう一度服を着直した。その時に鏡夜の事を主と呼んでいる事に鏡夜が気付くまで十数秒の時間のズレがあった。シグレ曰く「私を打ち負かした相手だ。それなりに強いのだから私も供とさせてもらうぞ?」だそうだ。こんなときだけ自分が弱い者だと思い込んでいる。たとえ彼女がいきなり襲ってきても、鏡夜は見事にやり過ごしてくれるだろうとシグレは思っていたのだろう。実際はシグレが向かって来た時には思いっきりビビっていたと言うのに。そんな事を話しあっていると、ゆっくりした速さでライムが戻って来た。その手には、そこそこの大きさの手提げ袋が提げられている。それを見たシグレが警戒していたが、直ぐに鏡夜がその警戒を制してシグレを止めた。そのまま進んでいればどこぞの国民的ゲームのザコキャラ並みの早さでライムがシグレに狩られてしまう。やっとたどり着いたライムは、シグレの警戒ぶりに驚きもしたが、それも鏡夜と話している所を見たからなのか警戒を解いてくれていた。
「・・それで、これが地図で、これが食糧で・・・ええっと・・」
手提げから次々と中身の物を取り出したライムは、まだ手提げの中身を覗いている。外には相当な量の物が出ているのにだ。その間に地図を広げた鏡夜だが、その内容に驚いた。その中身はとても地図とは思えないほど簡略化されており、子供でも余裕で書けそうなほどだった。するとシグレが横入りして来た。その地図を見たシグレが最初に目が行ったのは現在地。そこに目印を付けたシグレは、なにやら色々な場所に街の名前や有名な建造物などを鏡夜に説明しながら印を付けて言った。話の内容の半分は分からなかった鏡夜だが、話のニュアンス的に全てを掴んだ気になっていた。
「・・よし、主。これでだいたいのマークは完了です。」
ライムが手提げから色々な物を出し続ける最中にも地図の至る所に印をつけていったシグレはとうとう地図の持ち主であるライムが手提げの中身を全て出す前に全部のマークを付け終わってしまった。そこでやっと最後の品である筆箱を取り出したライムが疲れた顔をして鏡夜に凭れかかった。どうやら相当な量を持って来ていたようだ。手提げの大きさと荷物の量が釣り合っていなかった。
「ライム?・・・寝てるよ・・起こさないでいよう。」
ライムが凭れかかって来てから気が付いた鏡夜がライムを揺するが、起きない所で寝たんだと思った鏡夜はシグレに人差し指を出して静かにするように指示した。それを了承したのかシグレは用意良くシートと水筒を置いてくれた。そこにライムを寝かせてシグレに呼ばれ、シグレに受けた説明によると「スライム種は、体の大半が水分で出来ているのです。だから、小まめな水分補給は大切ですよ。覚えておいてください。逆に我々リザード種は水分が無くても5日程度なら死にはしない。こちらもお忘れなきよう。」だそうだ。
「それじゃ、俺たちもここで休憩を。」
シートの上に座った鏡夜は、寝転がって空を見上げた。すると、その隣にシグレが笑顔で寝そべった。その時の空は二人を祝うかのように太陽が照らしていた。