部屋から出られない男7
「もう諦めるんだ、バルバルキン! いつまでも、悪いことは続かないぞ」
「いっつも良い所でやってくるな、ミスターマン!」
「そうさ。だから、諦めるんだ!」
「イヤだイヤだ! この悪の発明で、世界を征服してみせる!」
「そんな事はさせないぞ。ミスターパーーーンチ!」
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! バルバルキーン!」
パンチがあたったバルバルキンは、遙か彼方にまで吹き飛ばされていった。山を飛び、雲を突きぬけ、見知らぬ大地に体から落下したのだ。
しかし、それでもバルバルキンは不気味に笑っていた。舌足らずの人間が涎を垂れ流すように大きな口を開けて、ただ笑い続けていたのだ。バルバルキンは秘密基地に帰ると、まずは強く殴られた所から素早く上皮細胞を摂取していた。皮膚が裂けて、ぬらぬらと肉と油が入り交じる傷口に綿棒を何度も当てていた。
激しい痛みが、ほほを貫いていく。
だが、それでもバルバルキンは麻酔薬を使わず、いち早くミスターマンのDNA細胞を集めていったのである。治療を後回しにしてでも、その幹細胞を培養液で増幅させていったのだった。動物を過度に成長させるクスリを投与し、無菌室で細胞が増えていく所を眺めていたのだ。
「……へへ、へ、へへへ」
採取が終わったバルバルキンは、1人で倉庫の中に座っていた。いや、正確に言うのなら、地下鉄が走る層よりも遙かに地下であり、全体の空間は地平線が霞むほどの広大さであった。バルバルキンは、そういう倉庫の上部で体育座りをしていたのだった。そして、全てを見通せる場所で、眼下に幾つも並べられている小部屋を覗き込んでいる。
その全てに1人の男が居た。
内装は似ているようで、似ていない。部屋にいるのは個人の場合もあり、複数の人間が押し込められている場合もあった。ただ、着ている服装こそ完全に違うモノではあったが、性別、姿、容姿、体格は全くの同じである。それは全て、ミスターマンの細胞から複製させられた完全なクローンであったのだ。
日々、殴られていくことによって、大切な細胞を集めていたのだった
そして、彼らが個別の部屋にいる様子を、上からバルバルキンは眺めていた。
「へへへ。今日も殴られた。殴られた。くそ、痛かったなぁ。……痛かったよ」
そう言ってバルバルキンは、うつろな瞳のまま全てを見続けた。苦しめもせず、助けもせず、勝手に身を滅ぼしていく部屋から出られない男達を、バルバルキンは観察し続けたのだった。