体重計
ある所に、自分の容姿だけを気にしている女性がいた。
ちょっと化粧のノリが悪いと思ったら、彼女は完璧に戻せるまで数十分はトイレから出てこない。例え友達と遊んでいる最中でも関係なかった。どんな食事の場であろうとも他人の話を遮ってまで、中の上レベルの美点をかなり誇張して自慢してくるのだ。そして、何より自らが美しいと思われるためなら、平気な顔をして他人の欠点を貶すのであった。
回りの人間からは酷く煙たがられていた。
ただ、彼女は場末のホストを小太りにさせたような白い彼氏と結婚しており、自らの容姿以外を気にすることはなかった。
ある時、男は話し掛けた。
「なあ、そろそろ俺らも子供が欲しくね?」
「イヤ」
「なんで? 俺らの子だったら美男美女になるぜ」
「子育てなんて時間掛かるだけだし、シツケとか面倒だし。私はもっと遊んでいたいし、今の生活レベルを下げるのはイヤ。それに、自信がないし」
「おいおい、殺す訳じゃないんだったら、ガキなんて放っておけば育つよ。あんまり気にしすぎると、その綺麗な顔が曇るぜ」
「んー。どうだろう」
かしゃり、と彼女は素肌のまま体重計に乗った。
「あー。少し太っちゃったなぁ」
「お前の可愛さに変化なんかしねぇーよ」
「んー、でも子供ができたら太るし。線とか体に残ったら最悪じゃない」
その時、フワッと一塊の小さな光りが、彼女のお腹の辺りから浮かんできたのである。それは、枝から舞い降りた桜葉のように揺れ動くと、2人の前で浮かび続けていたのだった。
どこからとも無く声がした。
『ママ、パパ、僕は望まれていなかったんだね。僕はこの世に生まれて、2人と一緒に色々なことがしたかったよ。大きくなったら、僕がママとパパを助けてあげたかったよ。でも、そうしない方がママとパパの為になるのなら僕は喜んで身を引くね。2人には幸せになって欲しいから。ただ、僕は元居た所に帰るけど、もし気が変わったのなら僕を産んで欲しい』
そう言うと光りの塊は、天空にまで登っていたのだった。
状況が理解できなかった女と男は暫く唖然としていた。
ただ、ふとカシャンと音がしたのだ。
女は自分が乗っていた体重計を見た。
「あ。ちょうど、赤ん坊ぐらいの数字が減ってるわ。太っただけだと勘違いしたけど、あの重さは子の分だったのね。良かったわ。何もせず痩せるなんて、凄いラッキーがあったものよねー」
自分の容姿だけを気にしている女性は微笑んでいた。