第5話
セピア公国行きの船は、ニールの港を出るのは早朝と決まっていた。行先はセピアに直接向かう訳ではなく、セピア公国の島々の港をめぐり、セピアの主だった港に寄って回る、言わばセピアの島々の足替わりとなっていた。出発地はニールではあるが、セピア公国の船舶会社の所有の船だ。
ベルメリは自分の荷物の中で取りあえず、直ぐに必要なものだけを手荷物とし、残りは貨物として船に乗せようとすると、ヤッヤモちゃんは、『多分その荷物、後でセーンさんが瞬間移動で飛ばしてくれるよ。重いし。置いておこうよ。チーラさんもさっさと帰ってきてほしかっただろな。時々めんどくさい奴に思えるよな、セーンさんは』
ベルメリはもう少しで吹き出してしまう所だった。『めんどくささは、パパと似たり寄ったりだわね』
予想どうり、パパはニキお爺様にどうしても会いたくないらしい。ニキお爺様は、そんなに怖い人には見えないし、きっと他にめんどくさそうな理由がありそうだ。
パパとは入れ違いにもどることになったが、ベルメリは船旅は大好きだった。初めての大型客船に乗船で、すっかりはしゃぎたくなる気分である。チーセン、ラーセンも同じ様な気分らしく、外洋に出ると、三人で甲板をうろつき、何処を見ても海しか見えないのだが、見物である。しぶきが掛かりそうになって、きゃっきゃっとはしゃいでいると、もっとはしゃぎたくなるようなことが始まった。
なんと、海のクレイジーハンターと呼ばれる大きな言わばシャチ風な生き物が、群れを成して船と並走し出した。『あ、泳いでいるんだから、並走は違うかな。一緒に泳いでるつもりかしら』手すりにつかまって、クレイジーハンターたちの泳ぎを見ていると、チー、ラーも両脇に立ち、
「かっけーな、こいつ等、土ラゴンを食う事もあるらしいって言うし、さすがでかくて、迫力満点だ」
「ラー、気を付けなよ。落ちても誰も助けやしないからな。ま、人は食わないって噂だけど、きっと溺れちまう」
「まっ、本当に食べないのかしら。危ないわ。もっと奥に行きましょうよ。あたしのポケットには人じゃない子が居るし」
思わず後ずさるベルメリに、ラー笑って、
「落ちやしないよ。手すりがあるのに。こういう時ってチーは、その名の通り、小さい事言うんだ、がはは」
「何が小さいだと、俺はお前の粗忽さに苦労してんだから、いい気なもんだ。確かに手すりはあるが、ラーは前々から手すりをくぐって落ちる技、あるだろ」
「いやだ、もっと下がりましょうよ、ね。ヤッヤモちゃんだって、もしも落ちたら、人じゃないから、もしかしたら食べられちゃうかもよ」
「僕は落ちませーん」
ポケットから顔を出して宣言するヤッヤモ。するとラー、
「こうすりゃどうかな」
何とラーは、ヤッヤモをつまんで海に放り投げた。ベルメリは悟った。ニーとユーはこいつらの真似をしただけだ。
「キャーなにすんのよ。よくもやったわね」
かっとなったベルメリは、ラーを投げ飛ばして海に落としたつもりだったが、チーだったらしく。
ラーは
「チー落ちるなっ。俺らは人間とは言えないかも、食われるかも」
と叫びながらチーセンを追いかけて海に自ら飛び込んでしまった。
「ひーっ、チーラさーん大変よー」
狼狽えてベルメリが叫ぶと、チーラさんは血相を変えて、ドレスを脱ぎながら甲板に走って来た。『げっチーラさん、飛び込む気だ』あわあわするベルメリ。気を失いそうな気分だが、なぜか家族のピンチが分かったらしいセーンさん、急に出現して、
「ドアホウども、たいがいにしろっ」
叫びながらチーラさんの飛び込もうとするのを止めて、チーセン、ラーセン、及びヤッヤモを海から飛び出させたようだ。
『人化している、ヤモリ形状では食われる可能性大だろうか?でも、小さすぎで歯からこぼれ出られるのでは?』ベルメリは感じた。ヤッヤモは賢くない。
三人とも無傷で海から飛んで出て、甲板に転がる三人。セーンさん。さすが、この位の事、対応が素早い。
三人とも海水を飲んでゲホゲホしている。
「セーン、居るならはよから出て来てヨ」
チーラさんは大泣きに突入だ。
「ごめん」
「ごめんなさい。あたしかっとなって」
おろおろ言うベルメリに、セーンはキリリと、
「ベルメリちゃんは悪くない。ラーの悪さだ。セピアに着く前から、この有様。ニールに帰るか、お前ら」
ラー、
「誤解だよパパ。俺ってべつに深い意味ある訳じゃなくって、ヤッヤモが落ちやしないかと、空想して居るから。クレイジーハンターの口めがけて、放り込んでやっただけだよ。あいつらの歯って隙間だらけで、隙間からヤッヤモが出て来るのに、十分な大きさだってのにさ」
チーセンも、
「チーは見ていました、ヤッヤモはヤコに首を絞められそうになった所為で、自分で飛び込むしかなかったです」
「えっ、ヤコさんもこの船に乗っているの」
ベルメリが驚いて言うが、誰も聞いてはいないし、その使い魔的な事をしたらしいヤモにしても放っておかれてしまっていた。
ココモ君も居て、ベルメリに話しかけ、
「俺達チー、ラーが戻るってわかったから、俺らも一緒にべネルさんちに戻ろうと思って、この船に瞬間移動して来たんだ。ベルメリちゃん、チーはほら吹きだからね。ヤコは俺と一緒に居て何もしていないよ」
ヤコは、
「つくづく自分では、利口と思っていたけど。バカだって理解できたな。俺に罪を押し付ける奴だったとはな。こいつらの使い魔は止めて、ニー、ユーの所に行こうかな」
ココモさんは、
「そうしな。おれは、オーカー爺さんにセピアの大学に行けって言われたから、残るけど」
ヤコに見切られて、悔しかったのか、チーセンは、
「俺らがしょうがない奴って言うのは、分かり切っていたんじゃないのかヤコ。ニールに戻るのは、カンニングがバレ始めたからじゃないのか」
とばらした。
ヤコは、
「それもある」
と言いながら、ベルメリの様子を窺うので、
「あ、あたしは知っているの。ヘキジョウさんっ子のおしゃべりで。でも、ショウカ達は知らないでしょね」
「そう。知っていたんだ。でも、ショウカは知っているはず。じゃあね、ベルメリちゃん」
と言って瞬間移動してしまったヤコ。
セーンさんは、
「やれやれ、これで収まるとこに収まった感じだな」
「そうね、ヤコはああ見えて、まだ幼いんだもの。チー、ラーの使い魔は難しかったでしょうね」
チーラさんはそう言って、
「ニキお爺様や、ユーリーンお婆様が心配して見に来られたわ、船室に行きましょうよ。セーン、甲板は危ないもの」
「あーら、この私、そんなに老いぼれちゃいませんわよ。チーラさん」
出入り口につかまりながら、ユーリーン婆が叫ぶが、ニキ爺さんに、
「その手を放してから言いなさい。ユーリーン。この揺れ方じゃ、婆さんはきっと落ちる」
「さ、皆、中に入ろう。海水を飛ばすのは面倒な作業なんだ」
そう言われて、海に落ちた面々は反省の様子を見せていたが、本心ではないだろう。
ココモ君は、
「ベルメリちゃんって、誰が好みなのかなー、意外とヤコは選外だったんだね。好みのタイプってあるの」
「えーと、タイプってあまり考えた事ないわね。好きになった人がタイプだったって事になりそうね」
「ふうん」
後ろに居たチー、ラー、そんな二人の会話を聞き、ココモを後ろに引っ張って一言、
「ココモは見ていないんだっけ、ベルメリちゃんが、チーを海に投げ入れたところ」
「あはは、ベルメリちゃんは魔人だからねー。もしかすると、ベルメリちゃんとお前らとの喧嘩は良い勝負になるんじゃないのか」




