第1話 「居場所イルミネーション」
イルミネーションをぼんやりと眺めながら僕、矢代結はクリスマスイブの夜に一人ベンチに座っていた。
用や目的があるわけじゃない、一言で言うなら居場所がないのだ。家に部屋もなく、いやそもそもあそこを『家』と呼んでもいいのだろうか?。
そんな疑問が生まれるのはもはや何の繋がりもない場所だからだろうか。
小さい頃に両親を事故で亡くした僕は親戚の家を転々とし続けた、それはもう転々と。理由はなんだったか『お前がいると不幸になるから』『金銭的余裕がないから』『急に押し付けられても困るから』とか理由は色々あったけど結局答えは一つ、どの家にとっても邪魔な存在ということ。そういう存在なんだと三軒目、四軒目とたらい回しになっていた頃に嫌でも理解できた、できてしまった。
友達も家庭も学校も次の『家』に送られたらリセット、無かったことになるのならもう頑張らなくていい仲良くしなくていい、もうなにも求めなくていい、僕がそういう考え方になったのは六軒目くらいだったか。もう何軒目か数えるのをやめてぐるぐるとたらい回しにされていたら廻り回ったのか、僕が子供の頃両親と住んでいた町にきたのはちょうど十二月二十四日、高校三年の冬休みに僕は懐かしい居場所に帰ってきたのだ。
〇
挨拶も引き継ぎも非常に簡素なものだった。
「……今日からよろしくお願いします」
「ああ君が……い、いやこちらこそよろしく、す、少ないね荷物……あはは、えっと……」
「結です矢代結……あっ荷物は僕が運びます」
「あ、ああ、悪いね……」
出迎えてくれたおじさんは、いやその家庭は僕のことを警戒していた、前の『家』から僕のなんと伝えられているのだろう、『不幸の子』だろうかそれとも『不吉の置物』だろうか、僕が訪れた家は物が無くなったり誰かが病気になる、なんて噂を聞いたことがある。
じろじろとギョロギョロと僕が荷物を物置部屋に運ぶのを一挙一動怪訝そうに観察されていた、何もする気などこちらにはないのに。幸い目線が合うことはなくて助かった、散髪代をくれなど『家』の方々に言えない、求めないので目元まで伸びた前髪がそんな視線たちからシャッターのように守ってくれる。
最もそのせいで僕はさらに不気味に見えるのだろうけど。
段ボール一個にも満たない僕の私物、教科書やノート筆記具くらいのものなのだけれどそれらを運び終えるとおじさんは僕に提案するように声をかけた。
「結君、この町君が昔住んでた町なんだってね、ど、どうだい久しぶりの町を探検してみるのは、き、きっといろいろ変わってて楽しいよ!」
「あっいやえっと……皆さんに挨拶──」
「そうよ!結君だっけ!?懐かしの町ならウチのことなんてひとまず忘れてどこか行ってきなさいよ!夜何時になっても構わないから、ね、ね、ね?」
口調から伝わるのは早くここから出ていけと、町を見てこいという親切混じりの体のいい理由だった、考えてみれば今日はクリスマスイブ、僕を除いた『家族』で過ごしたいのだろう。さっきリビングでみたテーブルに用意されていた皿は三枚、ここの娘さんとおじさんとおばさんの分か、僕の席など始めから無いのだろう。そこまでちゃんと考えて僕も行動しないとダメだったなと反省しながらにこやかに答えた。
寂しさをおくびにも出さないように。
「──はい、そうさせてもらいます」
ここに居ない方が良い、何も羽織らず僕は学ラン姿のまま町へ彷徨い歩いていった。
〇
「……寒い」
はぁ、とため息を吐けばすぐに息は白く色付き真っ暗な空へと霧散した。ただいまの時刻九時二十分、僕唯一の私物と言ってもいい腕時計をちらりと見やる。おじさんの言っていたほどこの町は変わってはなかった。
コンビニや小規模なスーパーが出来てるくらいで昔とあまり変わってない、それが少し嬉しかった。僕の性格は鬱屈とひねてしまったけれどこの町はそのままだ、と安心した。
恋人か家族か友達か、人ごみがそれなりにある公園のベンチに僕はぼんやりと座っていた。ここに来た理由は明るいからと、まったく僕は電灯に集まる虫じゃあるまいしシンプルな理由で公園に来てしまったものだとクスッと笑う、なんとも皆が羨ましい。ここにきてる人たちはみんな帰るところがあるんだろうし予定だってあるんだろう、居場所だってあるんだろう、僕には、僕には何も……と思考の渦に飲み込まれそうになっていると。
「パパァー!ママァー!どこぉ……」
迷子の声だった、僕の体はすぐに動いた、心に反して。
『やめときゃいいのに』『誰かが助けてくれるだろう』『助けたところでお前にいいことがある訳でもないのに』僕の心の声なんて聞こえない。
「迷子?大丈夫だよすぐ見つけてあげるから」
泣かないで、と僕は昔から困ってる人を放っておけなかった、特に迷子を。助けた所で何か得るわけじゃない、それでもだ。他人だろうと僕の前で誰も泣いてほしくない居場所を失ってほしくない。
幸いそんなに大きな公園でもない、僕は迷子の子の手を引いてこの子の居場所を探す、ヒーローみたいにすぐ見つけて上げれたらいいけど。
泣き止んだ子はすぐに元気を取り戻し僕にいろいろ聞いてきた、……よく考えると質問するのは僕の役割の気もするのだが。
「なんでお兄ちゃんはがくせー服なの?冬休みだよ?お兄ちゃんも一人なの?」
「う、うーんな、なんでだろうね?」
中々痛い所をぐいぐい突かれる、でもまあ元気ならそれでいいのだ。
「もしかして服持ってないの?それならサンタさんにお願いするといいよ!ちなみに僕がお願いするのは秘密基地!」
それはまたサンタさんも大掛かりなことだ……。
「サンタさんね……お兄ちゃんも貰えるかな」
「貰えるよ!だってちゃんと良い子だもん……あっパパ!ママ!」
迷子の子は僕の手を離れて親の元へ走っていった。本当に元気な子だ。
「ありがとねーお兄ちゃん!メリークリスマス!」
なんてことのない少しの間の出来事だったけれど僕の心は少し暖かくなっていた、サンタか……クリスマスの夜に良い子の元にプレゼントをくれる聖人。
「……家がない僕にも来てくれるかな、サンタクロース」
しんしんと降る雪の中歩きながら僕はあの子との会話から一つ思いだした。僕の居場所、秘密基地があったと、この町にある朽ちた神社のことを。
「変わってないといいな……秘密基地」
『助けたところでお前にいいことがある訳でもないのに』と僕の心はさっき囁いたがそんなことはない、秘密基地までの道のりに鼻歌が一つ増えた。
メリークリスマスの鼻歌とともに秘密基地へと歩いていく、何かあるんじゃないかと少しだけ子供の頃のように胸を躍らせながら。




