第2章 閉ざされた迷宮 ②
(16:00〜18:00)
午後四時。エントランスホールには、スタッフと来館者がほぼ全員集められていた。高い吹き抜けの天井から差し込む光は淡く揺れ、静止したドローンの機影が不気味に影を落とす。
誰もが口を閉ざし、不安と恐怖に押し黙っていた。
「システムが機能していないため、来館時の認証データをもとに、一人ずつ確認していきます。名を呼ばれたら手をあげて下さい」
「この時代になんともアナログだな」
誰かが皮肉混じりにわざと大きなため息をついた。それでも黒崎は、来館者リストを手に、スタッフとともに点呼を始める。
一人、また一人と名前が呼ばれ、返事が返っていく。
「進藤拓海さん――」
「…………」
「進藤拓海さん、いませんか?……おかしいな。小学生の男の子が、ひとり足りない」
ざわつきが一気に広がった。女性が顔を青ざめさせ、震える声で叫ぶ。
「た、拓海……! うちの孫です! さっきまで一緒にいたのに……!」
「落ち着いてください。必ず見つけます」
黒崎は短く力強く言い切った。すぐにスタッフへ目配せし、数人が捜索に駆り出された。
「俺も行こう」
静かに声を上げたのは斎藤だった。大きな体躯に柔らかな笑みを浮かべながら、安心させるように声をかける。
「大丈夫ですよ。すぐに見つけてきますから、ここでお待ち下さい」
スタッフたちは分散し、書架や廊下を駆けていった。自動誘導は止まり、照明の一部が不安定に点滅する。広大な館内は、沈黙と機械の残響音に包まれ、不気味さを増していた。
その間、由紀と瑠奈は拓海の祖母を励まし、周囲の来館者を落ち着かせようと奔走していた。
「大丈夫。拓海君きっとすぐに見つかります」
由紀は震える肩にそっと手を置き、声をかけ続ける。瑠奈は子どもたちの輪に入って、心細そうにしている女の子を抱きしめた。
どれほどの時間が経っただろうか――。
重たい足音がエントランスに近づいてきた。振り返ると、そこには汗をにじませた斎藤が、腕に男の子を抱いて立っていた。
「ほら、おばあちゃんのところに帰ろうな」
拓海の顔は涙で濡れていたが、大きな怪我はない。祖母が泣きながら孫を抱きしめ、周囲から安堵の声が漏れた。
緊張で張り詰めていた空気が一気に和らぎ、人々の胸にほっとした吐息が広がっていく。
「さすが斎藤さんだな……」
黒崎が小さく呟いた。その横顔には、先輩への深い信頼が滲んでいた。
しかし――。
館内の扉は依然として固く閉ざされ、通信も回復しない。
人々の胸に芽生えた安心は、すぐにまた不安の影に覆われていく。
巨大な図書館は、なおも沈黙の牢獄として彼らを閉じ込め続けていた。




