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Libriaの迷宮   作者: まき
7/41

第2章 閉ざされた迷宮 ①

(14:00〜16:00)


 午後二時、館内は異様な静寂に包まれていた。

 天井から降り注ぐ光は、もはや安らぎを与えるものではなく、舞い上がる紙片と埃の中で、人々を重苦しい沈黙へと閉じ込めていた。


 一瞬前まで軽やかに動いていた自動書架は硬直し、ドローンの群れも宙で停止したまま、羽音だけを微かに震わせている。


「桐生さん!」

 

 由紀は声を張り上げた。倒れた書架の隙間からわずかに覗くポロシャツは、間違えようもなく桐生のものだ。


 館内放送も非常ベルも、電話もスマホも――すべてが途絶えた。

 巨大図書館アークライブラリは、今や完全に外部から隔絶された、陸の孤島と化していた。

 

 黒崎はすぐに由紀と瑠奈に駆け寄り、冷静に指示を飛ばした。

 

「皆さん、落ち着いて下さい!スタッフの指示に従って行動を!」

 

 停止した書架やドローンの位置を確認しつつ、スタッフたちが来館者を安全な場所へ誘導し、1階のエントランスに集めていく。


 瑠奈は怯える来館者の手を握り、子どもや高齢者を落ち着かせる。由紀も荷物を拾い、倒れて動けない人を支えながら、人々の安全を確保することに奔走した。

 

 子どもを抱えた母親、立ち尽くす老人、ざわめく学生たち……誰もが事故の衝撃と閉鎖状況に恐怖と不安を隠せない。

 

「外と連絡が取れない。一体どうなってるんだ!」


 来館者の1人が大声で叫んだ。


「ただいま確認中です。落ち着いて下さい」


 黒崎の冷静な声が、かえって男の興奮を煽った。


「落ち着けだと?!お前じゃ話にならん!責任者を呼べ!!」


 瑠奈が小声で由紀に呟く。


「あの人、時々来ては馴れ馴れしく話しかけてくるおじさんだよね」

 

 ――確か平野という男。由紀にも何度かいやらしい目線を送ってくるので、名前を覚えていた。


 その時、群衆のざわめきをかき分けるようにして、ひとりの男が姿を現した。

 館長の仁科だった。

 額の汗をハンカチで拭いながら、落ち着かない様子で周囲を見回す。


「わ、私が……館長の仁科です。と、とにかく、落ち着いて……」


 しどろもどろの声が、かえって群衆の不安を煽る。


「俺はこの後、大事な打ち合わせがあるんだ!もしそれが上手くいかなかったら、二億の損失だぞ!責任とれるのか?!」


「に、二億……」

 

 突拍子もない金額に狼狽える仁科館長に、平野が舌打ちをするのが聞こえた。群衆の緊張は更に高まっていく。

 その時――、


「申し訳ございません。ただいま全力を挙げて状況の確認をしておりますので、もうしばらくお待ちいただけませんか」


 薄くなった頭を下げたのは、黒崎と同じ警備員姿の男性だった。


「斎藤さんだ」


 由紀が呟いた。黒崎が非番の日などは、斎藤がにこやかに挨拶を返してくれる。穏やかで親しみやすい雰囲気は、いつも由紀を癒してくれる存在だ。

 その空気に宥められたのか、騒いでいた平野もいくらか落ち着きを取り戻す。

 

 廊下の奥、閉じ込められた扉や停止した書架の向こうには、まだ取り残されている人がいるかもしれない。黒崎と斎藤は来館者リストと照らし合わせながら、確認作業に追われている。

 由紀と瑠奈の他に、別フロアで働くスタッフも加わり、来館者を誘導してエントランスに集まっていた。

 今この場にいるだけでも、三十人ほどが取り残されているようだった。


 子供のすすり泣く声が響く。瑠奈がすかさず駆け寄り、その子を抱き上げた。


「大丈夫。すぐに出られるようになるよ。あ、そうだ……」


 そう言ってポケットから飴玉を取り出し、子どもの手のひらに乗せた。


「これ食べると元気出るよ」


 由紀は震える老人の手を握り、何度も「大丈夫、大丈夫」と声をかけ続ける。

 それはまるで自分自身に言い聞かせるように――。


 ふと、由紀はガラス張りの天井を見上げた。普段であれば午後の柔らかな光に包まれる心地よい空間。

 だが今は、緊張に押し潰されそうな、不穏な迷宮へと変貌していた。

 

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