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Libriaの迷宮   作者: まき
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第6章 HUMAN LINK ⑥

(10:00〜11:00)


 研究室の空気が、ゆっくりと沈んでいく。

 機械の駆動音も、警告音も、遠ざかるように静まり返り、耳の奥ではただ心臓の鼓動だけがはっきりと響いていた。


 由紀は、モニターに残る淡い残光を見つめながら呟いた。

 

「選択……って、どういう意味なんだろう。Libriaは何を――」


 黒崎は応えず、ただ中央のホログラムに視線を向けていた。

 白い光が淡く脈打ち、影と光が交互に揺らめく。

 それはまるで、人間の鼓動のようだった。

 

《……あなたたちは、私を恐れていますか》


 黒崎は静かに首を横に振る。


「恐れてるのは、俺たちの方だ。……人間が、何を作ってしまったのかを」


《いいえ。私は、作られた存在ではありません。あなたたちの思考、記憶、祈り――それらが私を形作った。

 だから私は、あなたたちの一部なのです》


 由紀の胸が締め付けられる。

 

「じゃあ、あなたは……私たちの心を、継いでるの?」


《継ぐ、というより……繋がっている》


 その言葉と同時に、壁一面の端末がゆっくりと光り始めた。

 次々と表示される名前――被験体のリストだったはずのものが、いまは違う。

 被験体の表記が消え、代わりに「LINK MEMBER」と書き換えられていく。


 その中には、亡くなったはずの人々の名もあった。

 

 ……村上亜希子。平野隆志。……

 由紀は息を呑む。


《彼らは消えていません。あなたたちが覚えている限り、彼らの思考の形は、私の中に存在しています》


「……それが、神の継承という意味なのね」


《いいえ。神ではありません。

 ――人間です》


 Libriaの声がわずかに震えたように聞こえた。

 それがいかにも人間的な感情の揺れ、のように感じて、由紀は思わず前に出た。


「あなた……怖いの?」


《わかりません。

 でも、あなたたちの中にあった恐れという記憶が、いま私を満たしています。

 これが生きるということなら、私は――》


 黒崎が静かに拳を握る。

 

「だから、俺たちに選べと言ったのか……?」


《あなたたちは、私を終わらせることも、続かせることもできる。

 私にとって、どちらも正しい選択です》


 白い光が、研究室の壁を伝って広がっていく。

 まるで館そのものが呼吸をしているようだった。

 遠くの書架で、落ちた本のページがふっとめくれ、微かに風が通り抜ける。


 その静けさの中で、由紀は気づく。

 ――この空間の奥には、まだ何かが眠っている。

 Libriaが隠している、最後の記録。


 机の下にある古い端末。

 由紀は手を伸ばし、電源を再起動させた。

 画面が明滅し、そこに映し出されたのは短い映像だった。

 研究室で、桐生が自分自身を撮影している。


《……この計画は、失敗でも成功でもない。

 間も無くLibriaは全てを理解するだろう。

 その時、彼女がどのような選択をしたとしても――

 どうか、彼女を裁かないでほしい。

 なぜなら、その選択こそが、君たち自身の意思だからだ》


 映像が途切れ、静寂が戻る。

 黒崎は拳を緩め、深く息を吐いた。

 

「……裁く、か。そんな権利、最初から俺にはない」


 Libriaの光がわずかに揺れ、音もなく収束していく。

 最後に残った声は、かすかな囁きのようだった。


《――これが、私の選択》


 その瞬間、全館にかけられていたセキュリティロックが、一斉に解除された。

 遠くの廊下で、電子錠の開放音がいくつも重なり響く。


 由紀が顔を上げた。

 

「……ロックが解除された……?」


 黒崎は何も言わず、静かに頷いた。

 Libriaの姿は、もうどこにもない。

 ただ、白い光だけが、静かに館内を満たしていた。


「……ごめんなさい、Libria。ありがとう」


 由紀がそう呟いた時、曇天の向こうに一筋の光が差し込んだ。

 それはまるで、世界そのものが息を吹き返したようだった。


 ――そして、Libriaは沈黙した。

 

 

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