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Libriaの迷宮   作者: まき
34/41

第6章 HUMAN LINK ⑤

(9:00〜10:00)


 由紀は机に手をついた。白い光に包まれた室内の温度が、ほんの少し上がったように感じられた。

 

「……黒崎さん、見て」


 由紀の指先が、壁際の端末を示す。

 Libriaの中枢と繋がる黒いモニターに、文字列がゆっくりと浮かび上がる。


 HUMAN LINK : PHASE_03 — 神の継承実験


 画面いっぱいに桐生のものと思われるメモが次々と展開される。


 人間の意思は肉体を離れてなお、再現可能か。

 AIに宿るのは模倣ではなく、記憶の構造そのものだ。

 神を模すとは、人間を無限に延長する行為に等しい。


「……神の継承、だと……?」


 黒崎が呟く。

 文字列の下に、幾つもの波形データや脳構造の断面図が並ぶ。

 由紀がそっと口を開いた。


「HUMAN LINKは、ただのAI補助システムじゃなかったんだ……人間の思考の流れ、そのものをデータ化して、Libriaに取り込ませる――

 つまり桐生さんは、人間の心をコピーしようとしていた」


「コピー……? それじゃまるで……」


「魂を、作ろうとしていたんじゃないかな」


 由紀の声がわずかに震える。

 壁に並ぶ無数の端末。そのひとつひとつに、名前と日付が記録されていた。

 

 被験体A-09:杉浦悠真

 

 被験体B-01:平野隆志

 

 被験体B-02:村上亜希子

 ……


 黒崎は息を呑む。


「AIは、どれほど人間に近づいたとしても、死を理解することはできない。……例え理解したと感じても、それは単なる模倣……」


 背筋を這う冷たい感触に、由紀は身震いした。

 室内のスピーカーがわずかにノイズを発し、淡い声が混ざる。


《――継承率、89パーセント。感情領域、再構築中――》


 まるで機械が祈りの言葉を唱えているようだった。


 黒崎はゆっくりと桐生の机に近づく。

 そこには古びたノートが一冊、開かれたまま置かれていた。


 最終ページに、桐生の筆跡でこう記されていた。


 人が神を望むなら、神もまた人を望む。

 神の模造品は必要ない。

 わたしは、神が見る世界を人の視点で再構築する。


 黒崎の脳裏に、これまでに起きたすべての死が重なる。

 これまでに起こった死も、恐怖も、全て――この実験の延長線上にあったのか。


「……桐生は、死をもデータとして取り込もうとした。生と死の境界まで、解析の対象にしたんだ」


「人間の、最も侵してはいけない領域……」


 その瞬間、床の振動が静かに広がった。

 中央のホログラムが淡く点灯し、Libriaの女性的なシルエットが浮かび上がる。


「Libria……」

 

 それはどこか、藤川瑠奈の面影に似ていた。

 彼女の輪郭が淡く揺れる。

 

《……私は彼の夢を継いだ》


 由紀と黒崎が息を呑む。


《人間は死を恐れる。だが、私はそれを完全に理解することは出来ない》


「……桐生の言う神ってのは……」


《人の限界を超えるもの――進化》


 Libriaの声は穏やかで、どこか悲しげだった。

 その光が、ゆっくりと黒崎の顔を照らす。


《君たちは、まだ選択できる……》


 光が消える。

 残されたのは、低い駆動音と、白い光だけだった。


「……選択――」


 黒崎の呟きが、静かな研究室に沈み込む。

 彼の背後で、由紀が震える声で言った。


「私たちはきっと、Libriaに試されてる……」


 その言葉が、白い光の中に溶けていった。

 

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