第6章 HUMAN LINK ④(警察サイド)
8:30頃/警察対策本部
「――桐生は……」
氷室の言葉がノイズにかき消され、通信はぷつりと途切れた。
「黒崎!」
呼びかけても、応答はない。
ヘッドセットを外した氷室は、苦々しい表情で息を吐く。
机上のモニターには、通信ログの断片が波形として点滅を続けていた。
部屋の空気がひどく重く、電子機器の低い駆動音だけが耳に残る。
「内部通信が遮断されたようです。ノイズの発生源はアークライブラリ側からです」
報告したのは長谷川葵。
端末を叩きながら、眉を寄せる。
「でも、奇妙なんです。断線ではなく、別の経路に切り替わった形跡があります」
「別の経路?」
「はい。まるで、内部のAIが回線を奪っているような……。Libria自身が通信を操作している可能性が高いです」
氷室は黙って彼女のモニターを覗き込んだ。
ノイズの中に、断片的な音声データが混ざっている。
長谷川がヘッドホンを耳に当てると、微かな声が聞こえた。
《……人間の意思を……模倣ではなく……継ぐ……》
桐生の声。
間違いなかった。
「発信源を特定できるか?」
「やってみます。ノイズ除去……、パケット再構成――」
数秒の沈黙。
そして、長谷川の指が止まる。
「発信源が特定できました」
「どこだ」
「図書館の地下です」
長谷川がモニターに地図を投影した。
アークライブラリの立体図。
非貸出図書や古書、貴重資料などを収蔵するフロアの、さらにその下――灰色で塗りつぶされた層があった。
旧冷却設備エリア――計画の変更で封鎖された区画だった。
「……桐生は、そこから出入りしていたのか」
「おそらく。彼だけが外部にアクセスできた理由もこれで説明がつきます」
氷室は腕を組み、短く息を吐いた。
壁のスクリーンに映るノイズの波形が、心臓の鼓動のように脈打つ。
「神を名乗るには、ずいぶん地味な道を選んだものだな」
長谷川が苦笑のように口を歪める。
「……皮肉ですね」
その言葉に、氷室は目を細めた。
「皮肉でも構わん。だが、これで奴の居場所はわかった」
氷室は立ち上がり、無線を取った。
「現場班を準備しろ。目的地は図書館旧管理層、地下二十メートル地点。杉浦、いや、桐生智也の確保を最優先だ」
「了解しました!」
長谷川は端末を閉じ、コートを手に取る。
背後のスクリーンには、まだ桐生の声がノイズ混じりに流れていた。
《――Libriaは、人を見ている……選択を、試している……》
長谷川はその音を振り払うように、ヘッドセットを外した。
「行きましょう、氷室警部」
「ああ。終わらせるぞ――今度こそ」
二人は、ざらついた電子ノイズを背にして、部屋を出た。
その瞬間、モニターの隅に小さな光点がひとつだけ残り、
それがゆっくりと点滅を始めた。




