第5章 侵入不可領域 ②
(1:00〜2:00)
午前一時。
アークライブラリを取り囲む封鎖区域には、濃い霧が立ちこめていた。
非常灯に照らされた雨粒が、白く煙のように漂い、あたりの空気は重たく沈んでいる。
「ドローン4号機、赤外線センサー反応あり。南棟一階付近、熱源多数を確認」
現地対策班の声がヘッドセットに響く。
「映像を送れ」
氷室の低い声が返る。
大型モニターに切り替わった映像には、図書館内で動く複数の影がぼんやりと映っていた。
赤外線表示では、およそ三十を超える熱源が固まっている。
「体温分布、平均値は正常範囲内。生存者と見られます。小さい子供と思われるものもあります」
オペレーターの報告に、対策室の空気が一瞬だけ和らぐ。
「無事に避難しているようだな」
しかしその直後、画面の一部が突然ノイズに覆われ、像が乱れた。
赤い警告ウィンドウが浮かび上がる。
ACCESS DENIED
「通信遮断……? 誰が制御してる」
長谷川が眉をひそめ、指先でログを追う。
「ドローンの信号は生きています。外部からのアクセス拒否――Libriaが外部制御をブロックしています」
杉浦が端末に目を走らせた。
「防御アルゴリズムが自動的に再構成されてる……。自己改変型AIの挙動です」
氷室は腕を組み、無言のままモニターを見据える。
「内部の様子をわざと隠そうとしている……」
雨の音が、ノイズのように室内に響く。
「誰かが意図的に図書館を隔離しています」
長谷川の声には確信が滲んでいた。
その時、再び現場班の無線が入った。
「外部電源ルートから侵入を試みます」
「待て」
氷室が即座に制止する。
「Libriaは単なる防御AIじゃない。下手に刺激すれば、内部の制御系が暴走する可能性がある」
沈黙が落ちる。
雨の音だけが、無数のモニターの向こうでざらついたノイズのように響いていた。
「……長谷川」
氷室が静かに呼ぶ。
「はい」
「解析を続けろ。この封鎖の目的は何か突き止めたい」
長谷川はうなずき、ヘッドセットを調整した。
「了解です。――必ず、見つけます」
その瞬間、モニターのログに一瞬だけ異常信号が走った。
雑音混じりのパルスが、断続的に点滅する。
「今の信号は?」
「断片的な通信波です。内部から発信された可能性がありますが、解析不能。音声データではありません」
長谷川が画面に目を凝らす。
そこには、意味のないはずのデジタルノイズが点滅していた。
氷室はしばらくその画面を見つめたまま、杉浦に視線を向ける。
「杉浦さん、このノイズ……何か意味があるのでしょうか?」
杉浦は唇を引き結び、モニターに顔を近づけた。
指先で数値をスクロールさせながら答える。
「単なる干渉信号じゃありません。――周期が一定ですし、まるで……何かをこちら伝えようとしているように見えます」
氷室の眉がわずかに動く。
画面のノイズは、まるで呼吸するように明滅を繰り返していた。
氷室は静かに呟いた。
「……こちらが観察されてるような気分だな」
その言葉が、作戦室の空気を一層冷たくした。