第5章 侵入不可領域 ①
午前零時。
サイバー犯罪対策課・特別指令室は、昼間よりも眩しいほどの照明に照らされていた。
壁一面のモニターには、アークライブラリの俯瞰映像、内部構造図、そして無数のエラーログが流れ続けている。
「――通信回線、依然として遮断。衛星中継経由も無反応です」
オペレーターの声が響いた。
氷室慎一は机上の端末に視線を落としたまま、眉を寄せる。
「非常電源は?」
「稼働中ですが、電力制御の優先順位が通常の防災モードとは違います。何者かが内部設定を上書きしている可能性が」
氷室は短く息を吐き、傍らの女性に目を向けた。
「――長谷川」
呼ばれたのは長谷川葵。氷室の直属の部下で、AI工学の博士課程を修了してから警察に入った異色の経歴を持つ。
彼女は既に自分のノートPCを展開し、Libriaのメインサーバーログを解析していた。
「外部からのアクセスを完全に遮断するコードが、自動挿入されています。しかも、Libria自身が生成した署名が付いています」
「……つまり、AIが自分の防壁を作ったと?」
「はい。ただ、挿入のタイミングが不自然です。定時メンテナンスの一分前――まるで誰かが封鎖の瞬間を狙っていたように」
隣で控える若い男――リブリアシステムズの社員、杉浦悠真が顔を上げた。
「そんなはずは……。Libriaは自律学習型AIですが、外部遮断までは許可されていません。システム権限を超えてます」
氷室は指先で机を軽く叩きながら、スクリーンに映る図書館の立面図を見つめた。
静まり返った館内の監視映像は全く変化がない。
「誰かが……意図的に図書館を隔離した」
長谷川の指が止まる。
「それが、内部の人間なのか、AI自身なのか――現時点では断定できません」
「封鎖の理由を突き止めろ。生存者が中にいる。下手をすれば全員が人質だ」
氷室の声に、指令室の空気が引き締まる。
外では雨が降り出していた。
モニターの片隅で、アークライブラリの外観映像に雨粒が滲み、
その巨大な館が、まるで沈黙した生き物のように光を呑み込んでいった。
「……Libria、お前はいったい何を守ろうとしている」
氷室は呟き、ヘッドセットをつけ直した。
その目は、冷静さの奥に僅かな焦燥を宿していた。