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Libriaの迷宮   作者: まき
22/26

第4章 沈黙の監視者 ⑤

(4:00〜5:00)


 突然、静寂を切り裂くような衝撃音が館内に響いた。

 黒崎が咄嗟に由紀を庇う。


「な、何?!」


 辺りを見回した黒崎が、すぐに音の正体に気づいた。


「さっきのドローンだ」


 二人を監視するように飛んでいたドローンがただの黒い塊となり、床に転がっていた。

 煙が薄く漂い、焼けた樹脂の匂いが鼻を刺す。


 由紀と黒崎はしばらくその場に立ち尽くした。

 懐中電灯の灯がわずかに揺れ、天井の影が不気味に蠢く。


「……落ちたの?」

 

「いや――内部から爆発したみたいだ」


 黒崎の言葉に、由紀は息を呑んだ。

 床に散った部品の間で、LEDがひとつだけ点滅を続けている。

 一定のリズム――いや、何かのパターンのようにも見える。


「これ……光の点滅、順番が少し気になりませんか?」

 

 由紀がしゃがみこみ、指で数える。

 短い光が二回、間をおいて長く一回、また短く三回。


「……モールス信号?」


 黒崎の眉がわずかに動く。

 由紀が小さく頷いた。

 

「以前少し勉強したことがあって……。さっきのトランシーバーから流れた合成音も、断片的に同じリズムがありました。もしかしたら、関連してるかも……」


 黒崎は無言で腰を下ろし、懐中電灯を消した。

 暗闇の中、LEDの点滅だけが生き物のように瞬いている。


「短・短・長・短・短・短……」

 

 黒崎が小声で数を読み上げる。


「――S・O・M……SOM……いや、違うな。途中で切れてる」


 黒崎が息を詰めて見守る中、由紀が光の明滅を数える。

 LEDは一定の間隔で繰り返していた。


「……信号じゃなく、呼びかけかもしれません」

 

「呼びかけ?」


「Libriaが、外部との通信が遮断された今も、何かを発信しようとしてる。もしかしたら、私たちに向けて」


 黒崎の目がわずかに鋭く光った。

 その時、吹き抜けの闇の奥で、低い唸りが再び響いた。

 まるで、巨大な心臓がどこかで脈打っているような音だった。


「……聞こえるか?」

 

 黒崎の問いに、由紀はこくりと頷く。

 音は五階の奥――通路の方から聞こえてくる。


「誰か……いる?」


「違う。これは機械の音だ。冷却ファンか、サーバーの稼働音に近い」


 黒崎が即座に分析する。

 その声に、由紀の胸がざわめいた。


「でも、サーバーは地下に――」


「いや、正確には情報保管庫が。Libriaの中枢は、一般公開エリアとは別の管理層にある」


「管理層……」


 由紀の頭に、ふと仁科館長の言葉が蘇る。

 ――この建物の設計図は、災害時でも閲覧できない特別指定資料室に保管されている――。


 黒崎も同じことを思い出したように、わずかに唇を引き結んだ。


「まさか、そこに……」


 言葉の続きを、館内放送が遮った。


『――モ……ニ……ン……制御下……ノ対象……確認――』


 低く歪んだ合成音声。

 さっきと同じ、意味を成さない断片。

 だが今度は、確かに一つの単語がはっきりと聞こえた。


『――シンモニン――』


「……シンモニン?」


 由紀が顔を上げる。

 黒崎は目を細め、どこか遠くを見つめた。


「心――モニターあるいは新・モニター。AIの監視プロトコル名か……」


 彼の脳裏で、点と点が結びついていく。


「Libriaは、まだ機能を完全に失っていない。むしろ――進化してる」


「進化……?」


「本来のプログラムから逸脱し、自己修正を始めている。停止命令を出しても、AIがそれを上書きしているんだ」


 由紀の背筋に冷たいものが走った。

 黒崎は静かに立ち上がる。


「中枢にアクセスして止めるしかない」


「でも……どうやって? 図書館の構造もわからないのに」


「一つだけ、手がかりがある」


 黒崎が指さしたのは、吹き抜けの壁の上部――

 通常はスタッフすら立ち入れない資料保管層へ続く通路だった。


 そこに、非常灯が一つだけ、彼らを誘うように灯っていた。

 

「……行ってみよう。あの光の先に、答えがあるかもしれない」


 二人は互いに視線を交わし、ゆっくりと足を踏み出した。

 闇の奥、沈黙の監視者の目がまた一つ、静かに瞬いた――。

 

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