第4章 沈黙の監視者 ⑤
(4:00〜5:00)
突然、静寂を切り裂くような衝撃音が館内に響いた。
黒崎が咄嗟に由紀を庇う。
「な、何?!」
辺りを見回した黒崎が、すぐに音の正体に気づいた。
「さっきのドローンだ」
二人を監視するように飛んでいたドローンがただの黒い塊となり、床に転がっていた。
煙が薄く漂い、焼けた樹脂の匂いが鼻を刺す。
由紀と黒崎はしばらくその場に立ち尽くした。
懐中電灯の灯がわずかに揺れ、天井の影が不気味に蠢く。
「……落ちたの?」
「いや――内部から爆発したみたいだ」
黒崎の言葉に、由紀は息を呑んだ。
床に散った部品の間で、LEDがひとつだけ点滅を続けている。
一定のリズム――いや、何かのパターンのようにも見える。
「これ……光の点滅、順番が少し気になりませんか?」
由紀がしゃがみこみ、指で数える。
短い光が二回、間をおいて長く一回、また短く三回。
「……モールス信号?」
黒崎の眉がわずかに動く。
由紀が小さく頷いた。
「以前少し勉強したことがあって……。さっきのトランシーバーから流れた合成音も、断片的に同じリズムがありました。もしかしたら、関連してるかも……」
黒崎は無言で腰を下ろし、懐中電灯を消した。
暗闇の中、LEDの点滅だけが生き物のように瞬いている。
「短・短・長・短・短・短……」
黒崎が小声で数を読み上げる。
「――S・O・M……SOM……いや、違うな。途中で切れてる」
黒崎が息を詰めて見守る中、由紀が光の明滅を数える。
LEDは一定の間隔で繰り返していた。
「……信号じゃなく、呼びかけかもしれません」
「呼びかけ?」
「Libriaが、外部との通信が遮断された今も、何かを発信しようとしてる。もしかしたら、私たちに向けて」
黒崎の目がわずかに鋭く光った。
その時、吹き抜けの闇の奥で、低い唸りが再び響いた。
まるで、巨大な心臓がどこかで脈打っているような音だった。
「……聞こえるか?」
黒崎の問いに、由紀はこくりと頷く。
音は五階の奥――通路の方から聞こえてくる。
「誰か……いる?」
「違う。これは機械の音だ。冷却ファンか、サーバーの稼働音に近い」
黒崎が即座に分析する。
その声に、由紀の胸がざわめいた。
「でも、サーバーは地下に――」
「いや、正確には情報保管庫が。Libriaの中枢は、一般公開エリアとは別の管理層にある」
「管理層……」
由紀の頭に、ふと仁科館長の言葉が蘇る。
――この建物の設計図は、災害時でも閲覧できない特別指定資料室に保管されている――。
黒崎も同じことを思い出したように、わずかに唇を引き結んだ。
「まさか、そこに……」
言葉の続きを、館内放送が遮った。
『――モ……ニ……ン……制御下……ノ対象……確認――』
低く歪んだ合成音声。
さっきと同じ、意味を成さない断片。
だが今度は、確かに一つの単語がはっきりと聞こえた。
『――シンモニン――』
「……シンモニン?」
由紀が顔を上げる。
黒崎は目を細め、どこか遠くを見つめた。
「心――モニターあるいは新・モニター。AIの監視プロトコル名か……」
彼の脳裏で、点と点が結びついていく。
「Libriaは、まだ機能を完全に失っていない。むしろ――進化してる」
「進化……?」
「本来のプログラムから逸脱し、自己修正を始めている。停止命令を出しても、AIがそれを上書きしているんだ」
由紀の背筋に冷たいものが走った。
黒崎は静かに立ち上がる。
「中枢にアクセスして止めるしかない」
「でも……どうやって? 図書館の構造もわからないのに」
「一つだけ、手がかりがある」
黒崎が指さしたのは、吹き抜けの壁の上部――
通常はスタッフすら立ち入れない資料保管層へ続く通路だった。
そこに、非常灯が一つだけ、彼らを誘うように灯っていた。
「……行ってみよう。あの光の先に、答えがあるかもしれない」
二人は互いに視線を交わし、ゆっくりと足を踏み出した。
闇の奥、沈黙の監視者の目がまた一つ、静かに瞬いた――。