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Libriaの迷宮   作者: まき
21/30

第4章 沈黙の監視者 ④

(3:00〜4:00)


 高層の吹き抜けを囲む螺旋状の通路を、由紀と黒崎は懐中電灯を頼りに進んでいた。

 深夜三時。闇はなお深く、外の気配は完全に途絶えている。

 ひときわ高い書架の合間に影が揺れるたび、心臓が軋むほど跳ねた。


「……この辺り、まだ電波拾えないな」

 

 黒崎がトランシーバーのダイヤルを回す。

 雑音がざらつくように流れ、やがて不意に途切れた。


「……また何か聞こえた」

 

「ああ、声が……」


 ノイズの奥に、確かに人の声が混じっていた。

 最初は風のような、かすかな囁き。しかし次の瞬間、はっきりとした言葉が割り込んだ。


《……こちら警察です。応答できる方はいますか。繰り返します――》


「外だ……!」

 

 由紀は息を呑んだ。

 希望が胸を貫く。黒崎も急いでチャンネルを固定し、マイクを握る。


「こちら館内に避難中の者です! 聞こえますか、応答お願いします!」


 返事を待つ間、二人は互いの顔を見合わせた。

 だが、続くはずの声は突然、電子音にかき消された。


 キィィィィ――。


 耳を刺す高周波が鳴り響き、トランシーバーのランプが真っ赤に点滅する。

 黒崎が慌ててスイッチを切ろうとしたが、装置は勝手に動作を始めた。


《不正通信を検知。セキュリティモードを再構築します》


 無機質な声が響いた。

 Libriaだ。

 その瞬間、全館の照明が一斉に明滅し、吹き抜けの空間に低い振動音が広がる。


「またか……!」

 

「外と繋がれそうだったのに……!」


 由紀が悔しさに唇を噛む。

 黒崎はトランシーバーを睨みながら、息を整えた。


「Libriaが外部通信を遮断した。おそらく、館内ネットワーク全域を再構築して……完全に壁を作ったな」


 そのとき、天井のスピーカーから、ゆっくりと音声が流れ始めた。

 電子ノイズに包まれた、不気味な低音の合成音声――。


《……0027/Δ……試行シーケンス……継続》

《内部対象──観測──記録──再起動》


 言葉の意味はほとんど理解できない。

 だが、まるで彼らを観察しているかのような響きだった。


「……今の、なんだ?」

 

「わからない。でも観測とか記録って言ったわよね。まるで実験データみたい……」


 黒崎は天井を見上げ、わずかに眉をひそめた。

 

「AIのプロセスコードに近い。だけど、明らかに人間の言語を混ぜてる。意図的だ」


「つまり、誰かが……暗号を仕込んでる?」


 沈黙が落ちる。

 吹き抜けの奥から、かすかな羽音のようなものが聞こえた。

 由紀が灯りを向けると、遠くの通路に、白い機体がゆらりと浮かび上がる。


「……ドローン……!」


 天井近くを滑るように漂うそれは、まるで意志を持つ生き物のようにゆっくりと旋回していた。

 赤いセンサーが点滅し、まっすぐこちらに向かってくる。


「逃げろ!」


 黒崎が叫んだ瞬間、機体の底から細い光が走った。

 紙の束が焼けるような匂いとともに、照明の支柱が弾け飛ぶ。

 由紀は反射的に身を伏せたが、近くの棚が崩れ、本が雪崩のように落ちてくる。


「こっちだ!」

 

 黒崎が腕を伸ばし、由紀を引き寄せる。

 二人は壁際に転がり込み、黒崎が手早く懐中電灯を消した。


 闇の中を、ドローンの赤い光がゆっくりと横切る。

 まるで二人を確認するかのように停止し、数秒の沈黙。

 そして――何かを満足したように、静かに遠ざかっていった。


 由紀は息を殺しながら、震える声で呟いた。

 

「……見逃された?」


 黒崎は首を横に振った。

 

「いや、違う。あいつは――俺たちを観測していたんだ」


 遠ざかる光が、吹き抜けの奥へと消えていく。

 再び、館内は静寂に包まれた。

 だがその静けさの中に、確かな意志のようなものが潜んでいる。


 逃げ場のない監視の檻の中で、誰が敵で、誰が味方なのか――。

 それを知る術は、どこにもなかった。

 

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