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Libriaの迷宮   作者: まき
20/39

第4章 沈黙の監視者 ③

(2:00〜3:00)


 時刻はすでに午前二時を回っていた。

 深夜特有の時間の歪みが、図書館をさらに異様な空間に変えていた。

 外界との繋がりが一切絶たれたまま、ただ時間だけがじりじりと過ぎていく。


「上階なら電波が届くかもしれない。少なくとも、試す価値はある」


 黒崎の言葉に由紀が頷いた。


「ここでじっとしていても何も変わらない。私も一緒に行きます」


 黒崎の目と由紀の目が一瞬交わる。

 ――理由はない。ただ、信じられる人。

 互いに、そんな漠然とした思いがあった。


 エントランスを出ると、薄暗い吹き抜けのホールが広がっていた。

 五階分の天井は遥か彼方、闇に呑み込まれて見えない。

 壁一面の書架が巨大な迷宮のように立ち並び、その狭間を縫うように螺旋階段が伸びている。


 黒崎は斎藤から受け取ったトランシーバーを手渡した。

 

「これを。階ごとに電波を確認しながら進もう。下の斎藤さんとも繋げておきたい」


 由紀は固く頷き、震える手で受け取った。

 スイッチを入れると、「ザザッ……ザ……」と低いノイズが響き、わずかに反応が返ってくる。


「……聞こえますか? こちら、黒崎です」

 

 トランシーバー越しに斎藤の声が返った。

 

『……聞こえる。だが、ノイズがひどいな』


「これから上階へ移動して、電波が繋がるか試してみます」

 

『了解した。気をつけてくれ』


 

 二人は螺旋階段を上り始めた。

 靴音が広大な吹き抜けに反響し、まるで無数の足音が背後から追いかけてくるように錯覚する。


 由紀は何度も背後を振り返った。暗闇に沈む書架の合間から、誰かの視線が突き刺さっている気がしてならなかった。

 

「……誰か、ついてきてる気がする」

 

「気のせいだ」


 黒崎は即座に答えた。


 四階に差し掛かったとき、由紀がトランシーバーを試す。

 

「こちら朝倉。聞こえますか?」

 

 返事は、ノイズ混じりながらもはっきり届いた。

 

『……ああ、さっきよりクリアだ!』


 小さな希望が胸に芽生える。だが、それも束の間だった。


 五階へ上がり切ると、突然、トランシーバーから耳をつんざくような「ガガガッ」というノイズが鳴り響いた。

 由紀は思わず耳を押さえる。

 

「な、何これ……!」


 黒崎が咄嗟にボリュームを絞るが、ノイズは収まるどころか更に激しくなった。


 次の瞬間、「ピーッ」と鋭い電子音が鳴り、液晶画面が真っ黒になる。


「電池切れ……?」


 由紀が震える声で呟く。

 

「違う。強制的にシャットダウンされた」

 

 黒崎はトランシーバーを睨みつけた。


「妨害されてる……?」

 

 由紀の背筋に冷たいものが走った。暗闇の奥から、目に見えない監視者の笑い声が聞こえるような気がした。



 五階の通路は一層静まり返っていた。

 足元に散らばる紙片がふと風に揺れ、パラリと音を立てる。

 その小さな音にさえ心臓が跳ね上がった。


「……やっぱり、Libriaが……」

 

 由紀の言葉に、黒崎は何も答えなかった。

 二人は通路の先へ進む。懐中電灯の光が遠くまで伸び、本棚の影がゆらりと揺れ動く。

 その度に、誰かがすぐ後ろに立っているのではと錯覚し、由紀は無意識に黒崎の背中に近づいていた。


「怖いなら、戻って皆と一緒に……」

 

「大丈夫」

 

「……無理をすることはない」


「無理はしてるわけじゃ……ただ、幽霊とかお化けとか、そういうのが苦手なだけで……」


「この状況で、幽霊……」


 黒崎の肩が小さく跳ねた。


「あ、もしかして笑いました?」


「いや、笑ってない」


「笑いましたよね?!」


 その時、由紀が手にしたトランシーバーが息を吹き返したかのように、ノイズが入った。


「ジジッ――ジッ……、応答、誰……」


 斎藤の声ではなかった。

 しかし確かめる間もなく、その音声はすぐに消えて、再び沈黙が訪れた。

 

 黒崎と由紀が息を呑む。


「今のは一体……」


 閉ざされた迷宮に微かに差した光は、瞬く間に闇に呑まれた。

 

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