表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Libriaの迷宮   作者: まき
2/41

第1章 微細なノイズ ①

 朝の巡回を終えた由紀は、貸出カウンターへ向かった。

 まだ館内は穏やかな空気で、光が大きな窓から差し込み、書架の間に柔らかく揺れる。

 午前中は、近所の常連たちとの挨拶や軽い世間話に追われる。

 

「あら、由紀ちゃん、昨日は寒かったね」

 

「はい、お元気そうで何よりです」


 お爺さん、おばさん、子ども連れのお母さん、来館者の殆どが顔馴染みで、自然に笑顔が返ってくる。

 小さな子どもが絵本を手にとってはしゃぐと、母親に注意されて頬を膨らます。それを見た由紀は思わず笑みを浮かべた。

 

「その本、面白いわよ。帰ったらお母さんに読んでもらってね」


 昼過ぎになると館内は一旦静かになり、やがて学校帰りの小学生たちがやってくる。

 自習スペースに案内し、質問があれば資料を探し、時にはLibriaの端末で検索方法を教える。

 

「この本なら参考になると思うわ。探すときはこうやって入力してみて」


 一日中、由紀は来館者たちと自然な会話を交わしつつ、司書としての仕事をこなす。

 時折、書架を整理したり、棚の位置や本の向きを確認したりしながら、図書館の静かな時間を守っている。


 夕方、外の光が少し柔らかさを増すころ、館内には自習や調べものに来る中高生のざわめきが戻る。

 由紀は本を戻しながら、今日も一日、館の仕事を無事に進められたことに小さな満足を感じた。

 

 幼い頃から本を読むことが何よりも好きだった由紀は、食事をするのも忘れて没頭するものだから、しばしば親を心配させた。

 

 ――大きくなったら図書館で働きたい。そして、図書館の本を全部読みたい。


 それが、彼女の夢だった。

 夢を叶えるために、司書の養成課程がある大学へ進学し、卒業と同時に念願の資格を手にした。

 しかし、正規職員の募集はほとんどなく、しばらくは実家の近くの本屋で働いていた。


 数年が過ぎた頃、由紀は、世界でも類を見ない近代的な図書館が建設中であることをニュースで知った。

 胸の高鳴りを抑えきれず、建設現場を見るためだけに列車を乗り継いだ。


――さすがに全部は読めないけれど……


 由紀はその頃のことを思い出して、思わず微笑んだ。

 本に囲まれて過ごす時間は何より幸せだと感じていた。


「……なにニヤニヤしてるんだ?」


 由紀が顔を上げると、警備員姿の黒崎が不審そうに眉を寄せていた。


「いえ、なんでもありません……」


 慌てて顔を伏せた由紀は、目の前の端末画面に集中した――。


 

 夕方近く、書架を整理して歩いていると、運搬用の小型ロボットが一瞬止まり、手にした本をどこに置くか迷うように揺れた。

 

「ん……?」


 由紀は微かに眉をひそめつつも、慌てずにロボットの進路を誘導する。

 

「こっちよ、落ち着いて」


 ロボットはしばらく躊躇した後、正しい棚の前で止まり、由紀が手を添えて本を戻すと、また滑らかに動き出した。

 由紀は肩越しに通路を見渡し、他の書架が静かに整列しているのを確認する。

 

「ロボットも迷子になるのかしら?」

 

 微妙な違和感は、閉館作業を終える頃には跡形もなく消えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ