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Libriaの迷宮   作者: まき
19/40

第4章 沈黙の監視者 ②

(1:00〜2:00)


 重苦しい沈黙の中、村上亜希子の亡骸が冷たい床に横たわっていた。

 その顔は恐怖と苦痛に歪み、赤い斑点がまだ薄く残っている。人々は視線を逸らしながら、しかしその光景から目を離せなかった。


「……三人目だ」

 

 黒崎が低く呟いた。

 桐生、平野、そして村上――わずか数時間で三人が命を落とした。

 その事実が、閉じ込められている者たちの心を、じわじわと蝕んでいく。


「もういやだ……!」

 

「次は誰なんだよ……」


 抑えきれない恐怖が、あちこちから漏れた。

 ざわめきが波紋のように広がり、息苦しい空気がさらに濃くなる。

 

「落ち着いてください!」

 

 仁科館長が声を張り上げた。だがその声は震え、喉の奥で掠れていた。

 

「これは……あくまで不幸な事故です。アレルギー反応によるものと考えるべきでしょう」


 その言葉はもう誰の耳にも届かなかった。

 人々の視線は互いに交錯し、不信と恐怖が静かに広がっていく。


 由紀はそんな空気に耐えきれず、黒崎のもとへ歩み寄った。

 

「黒崎さん、やっぱり……事故なんでしょうか」


 黒崎は彼女を一瞥し、唇を引き結んだ。

 

「……偶然にしては出来すぎている」


「でも……どうして? 誰が、何のために……」


「まだ断言はできない。ただ一つ言えるのは――」

 

 黒崎は周囲の人々に聞こえないよう声を落とした。

 

「俺たちは完全に監視されている。さっきからの電気系統の異常、非常灯の消失、そして死のタイミング。全部が計算されたようだ」


 由紀は息を呑んだ。胸の奥で、恐怖と同時に奇妙な確信が芽生える。

 

「……まるで、私たちを試しているみたい」


 黒崎の眼差しが鋭く光る。

 

「その可能性は高い。だからこそ、冷静に考えなきゃならない」


 由紀は小さく頷いた。恐怖で足が震えているのに、黒崎の言葉が不思議と心を支えていた。

 ――この人となら、何とか突破口を見つけられるかもしれない。


「まずは外部との連絡を試すべきです。電波が完全に遮断されているとしても、何か方法はあるはず」

 

「同感だ。電源や配線に手を出すのはリスクが高いが……通信機器のチェックはしてみる価値がある」


 由紀はポケットを探り、自分のスマートフォンを取り出した。

 もちろん、表示は「圏外」のまま。何度リロードしても変わらない。


 黒崎も同様に試したが、結果は同じだった。


「ただの電波障害なら、どこかに微弱なスポットがあってもいいはずなんだが……」

 

「完全に遮断されてる……?」


 二人は顔を見合わせた。偶然にしては不自然すぎる。

 由紀は少し考え込み、ふと口を開いた。


「……あの、トランシーバーって使えませんか?」


「トランシーバー?」


「ええ、電波が通じなくても、近距離なら直接通信できますよね」


 黒崎は少し驚いたように目を細め、それから頷いた。

 

「なるほど……アナログ通信なら、遮断システムの影響を受けにくい」


 そう言いかけた瞬間、彼の表情が変わった。

 眉を寄せ、静かに耳を澄ませる。

 

「……聞こえるか?」


「え……?」


 遠く、機械の稼働音のような低い唸りが床下から伝わってきていた。

 普段なら空調や照明の作動音に紛れて気づかない程度の微かな振動。

 だが、停電中の今、それは異様な程はっきりと響いた。


「まだ……この建物のどこかで、何かが動いてる」

 

 由紀はごくりと唾を飲み、黒崎の顔を見つめた。

 

「……だったら、そこに答えがあるのかもしれませんね。もう何かが起こるのを黙って待ってるだけは嫌です」


 黒崎はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 その視線は硬く、しかしどこか優しさを帯びていた。

 

「深入りすれば、次のターゲットになるかもしれない。これは俺の仕事だ」


「……私はただ、知りたいだけです。この場所で何が起きているのか」


 冷たい館内に、二人の声が小さく響く。

 

 ――不安と恐怖の夜の中、わずかながら確かな連帯感が芽生え始めていた。

 

 

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