第3章 異変の発覚 ③
午前零時を回る頃、アークライブラリ前の騒然とした空気はさらに熱を帯びていた。
家族の叫び、記者たちのシャッター音、群衆のざわめきが渦のように絡み合い、現場は制御不能なほど膨れ上がっていた。
ついに警察は決断を下す。
機動隊の車両が続々と現場に到着し、黒い防弾ベストに身を包んだ隊員たちが整然と降り立つ。その姿に群衆は一瞬どよめき、期待と不安の入り混じった眼差しを向けた。
「おい、機動隊まで出てきたぞ……」
「中で何が起きてるんだ……?」
規制線のすぐ外では、家族たちが必死に警官へ詰め寄っていた。
「早く開けてくれ! 娘が中にいるんだ!」
「どうしてこんなに時間がかかるんだ!」
泣き叫ぶ声が夜を切り裂く。
現場指揮本部のテントの下では、県警警備部長が無線機を握りしめていた。
背後の大型モニターには、封鎖された図書館正面の映像が映し出されている。
「本部長、現場は依然として応答なし。内部からの反応は確認できません」
《突入はまだだ。中の状況を見極めろ。氷室警部の報告を待て》
無線越しに県警本部長の低い声が響く。
「了解」
テントの外では、現場の確認を終えたスーツ姿の男が指揮本部へ戻ってきた。
「内部通信は完全遮断されていますね。外部からのアクセスも弾かれている。通常の防災モードではありません」
「……やはりか」
「サイバー対策課の解析班を動かします。私も本部へ戻ります」
「分かった。こちらは私が引き継ぐ」
氷室と呼ばれた男は短く敬礼し、現場を離れた。
冷たい夜気の中、照明弾が空を裂き、アークライブラリの外壁を白く照らす。
その光の中を、彼を乗せた車が静かに遠ざかっていった。
一方、現場では緊張が高まっていた。
破壊工作班が前に進み出る。油圧カッター、ドリル、特殊カメラを取り付けた機材が次々と運び込まれる。
「行けるか?」
「はい、ただ――」
担当隊員がシャッターを叩く。鈍い金属音が夜気に響き渡った。厚みのある鋼材はびくともせず、まるで人々を拒む意志を持っているかのようだった。
作業が始まろうとした、その時だった。
通信班の若い警官が駆け込む。顔は蒼白だった。
「警備部長! 本部に匿名通報が!」
「なんだ?」
「中には人質がいる。無理に入れば犠牲が出る、と……」
一瞬、その場の空気が凍りついた。
「人質……?」
「じゃあ、これは……籠城事件か……?」
記者たちは騒然となり、マイクを突き出す。家族の悲鳴が規制線を揺らす。
「ふざけるな! 誰がそんなことを――!」
「娘を返せ! 返してくれ!」
機動隊の作業は即座に停止された。
警備部長は深く息を吐き、無線に向かって報告する。
「本部長、状況が変わりました。人質の可能性があります」
《了解。突入を中止。全班待機せよ》
騒然とする現場に、図書館の黒い巨体が無言で聳えていた。




