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Libriaの迷宮   作者: まき
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第3章 異変の発覚 ①

 午後十時少し前、市内の警察署の通信指令室に一本の電話が鳴り響いた。

 応対に出たのは若手の通信指令官、田島巡査。夜の勤務は比較的静かで、ベルの音がひときわ大きく響いた。


「もしもし、警察ですか? うちの娘が図書館に行ったまま帰ってこないんです」


 受話器越しの声は震えていた。切迫した息遣いに、田島はすぐにただ事ではないと察した。メモ用紙を引き寄せ、冷静に質問を始める。


「お名前と住所、行かれた図書館の場所を教えてください」

 

「吉岡美帆です。住所は……うちの娘、美帆が……あのアークライブラリに行ってて……昼頃行ったまま、まだ帰ってこないんです!」


「美帆さんのご年齢は?」


「十六歳です」


 田島は眉を寄せた。友人と遊んでいる可能性もある。しかし、電話口の母親の焦燥は、単なる帰宅の遅れとは違っていた。


「わかりました。まず落ち着いてください。とりあえず、娘さんに電話はされましたか?」

 

「何度もかけました……でも、繋がらないんです!」


 田島は端末を操作し、通話履歴を確認する。圏外ではなく、電源も入ったままだ。


「了解です。すぐに確認のため、パトカーを向かわせます。可能であれば、お母様からも再度連絡してみて下さい」

 

「わかりました。お願いします……どうかお願いします!」


 電話を切った田島は、すぐに指令室の上席に報告した。


「娘さんが図書館から帰宅していないという通報です。電話は母親から。携帯は繋がらない状態とのことです」

 

「なるほど……まずは現場確認だ。パトカーを一台、図書館へ向かわせろ」


 指令室の空気がわずかに緊張を帯びた。だが、その直後、再び電話が鳴る。

 今度は中年男性からの通報――帰宅すると妻と子どもがいないという。

 さらに数分後、別の家庭からも同様の内容が入った。


「……どうやら、同じ図書館に行った家族の連絡が取れないようです」

 

 上席の表情が険しくなる。


「立て続けにか……とにかく、現場で状況を確認しろ」


 

 アークライブラリの前の通りに、赤色灯の明滅が差し込んだ。

 静まり返った住宅街に、パトカーのサイレンが甲高く響きわたり、夜の空気を切り裂く。


 最初に現場に到着したのは、地域課のパトカーだった。

 二人の制服警官が降り立つと、すでに正面玄関前には数人の市民が集まっていた。

 その中には、電話で通報した吉岡美帆の母親の姿もある。

 彼女は髪も乱れ、手にはスマートフォンを握りしめ、警察官に駆け寄った。


「お願いです! 娘が、まだ帰ってこないんです! 中にいるはずなんです!」

 

 声は震え、半ば泣き声に変わっていた。


「落ち着いてください。通報された方ですね?」

 

「はい、吉岡です。電話も繋がらないなんて……」


 警官は同僚と視線を交わした。同様の連絡がすでに複数本入っている。警察無線には「他の家族からも連絡あり」という情報が続々と飛び込んでいた。


 その間にも、図書館の前に車が止まり、次々と人々が駆けつけてくる。子供の名前を叫ぶ母親、苛立ったように警察を責め立てる父親、兄弟を探してうろたえる子ども……。

 わずか数分で、玄関前は騒然とした雰囲気に包まれた。


「とにかく中を確認しよう」

 

 警官二人は群衆を下がらせ、図書館正面の自動ドアへ近づいた。しかし、そこには厚い金属製のシャッターが下りていた。

 通常の店舗や公共施設のシャッターとは違う。まるで防衛施設を思わせるほど頑丈で、表面には鈍い光沢が走り、継ぎ目すら見えない。


 警官が拳で叩いてみると、硬質な音が夜気に響いた。

 

「……全く反応がないな」

 

「中から閉じられたんでしょうか?」

 

「いや、それにしては……」


 彼らは建物の周囲を回り込んだ。

 だが、裏口も、職員通用口も、搬入口も、すべて同じシャッターで完全に封鎖されていた。

 まるで巨大な鉄の箱に変貌したかのように、図書館は外界から隔絶されていた。


 外の人々は、その様子を不安げに見守っている。

 

「どうして開かないんですか?」

 

「娘は無事なんですか!」

 

 やがて、本署から応援のパトカーが次々と到着した。

 警官たちは群衆を規制線の外へ誘導し、正面玄関前には黄色いバリケードテープが張られた。

 

 その時、一台の黒い車が静かに現場に滑り込んだ。

 エンジン音が止むと、後部座席のドアが開き、背の高いスーツ姿の男が降り立つ。

 年齢は四十代半ば。無言のまま状況を一瞥すると、ゆっくりと玄関方向へ歩いていった。

 男はシャッターの前で足を止め、懐中電灯を構える。

 光の筋が金属面をなぞり、異様な姿を浮かび上がらせた。


「……これはただの防火シャッターじゃないな。災害時の封鎖システムか」


 すぐそばにいた若い警官が答える。


「はい。避難所としての機能を強化するために設計されたと聞いています」


 男は静かに頷き、低く呟いた。

 

「通常は館内のシステムでしか操作できない。外部から開けるには……」


 彼の言葉に、部下は思わず息をのんだ。つまり、外からではどうしようもないということだ。


 夜が更けるにつれ、図書館の前はさらに騒がしくなっていく。近隣住民が野次馬として集まり、スマートフォンで動画を撮る者もいた。

 SNSに拡散された情報は瞬く間に広がり、やがて報道関係者の姿も現れ始めた。テレビ局の中継車が停まり、リポーターがマイクを持って駆け寄る。


「現在、アークライブラリで不明者多数との情報が入っております!」

 

 その声がカメラを通して全国に流れていく。

 しかし、図書館は不気味なほど静まり返ったままだった。窓の隙間から光が漏れることもなく、物音ひとつしない。

 

 巨大な鉄の箱と化したその建物は、まるで沈黙の監視者のように、外の世界を冷たく見下ろしているかのようだった。


 

 

 

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