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Libriaの迷宮   作者: まき
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序章

朝倉由紀(あさくらゆき)は、いつもより少し遅く目を覚ました。寝坊した朝の慌ただしさで、制服のブラウスのボタンを慌てて留めながら、通勤用バッグを肩に掛ける。時計を確認すると、図書館の開館まであと十数分。

 

「やば…今日も走るしかないか」


 都市の朝は穏やかで、光が高層ビルの間を柔らかく照らしていた。その視界に、巨大なガラス張りの建物――アークライブラリが悠然とそびえていた。朝日に反射した外壁は光の帯を作り、ゆっくりと呼吸しているように見える。普段通るだけでは気づかない、微かな機械音や風に揺れる外装の陰影が、館をより巨大に見せていた。

 由紀は世界でも類を見ない最新鋭のAIシステムに管理された巨大図書館、アークライブラリにこの春採用されたばかりの新米司書だ。

 まだ開館前のエントランスはシンと静まり、空気は澄んでいる。由紀は深呼吸して肩の力を抜いた。


「…ここ、やっぱり落ち着く」


 ここは全てAI「Libria (リブリア)」の管理下にある。入館には、顔認証と角膜認証を組み合わせたセキュリティが必要だ。スタッフの入館や退館、いつ・どこで・何を――そのすべての動きがデータ化され、仕事の効率が測られている。

 管理というより監視、と噂する者もいるほどの徹底ぶりだ。


「落ち着いてる場合じゃなかった!」


 慌ててゲートに駆け込む由紀は決まってここで足止めを食う。今日も変わらず認証端末が赤く光り、エラーの文字が出る。

 

「うっ…また引っ掛かっちゃった…」


 背後から、ため息混じりの声。

 

「またですか朝倉さん、毎朝飽きもせず」

 

 振り返ると、館の警備員、黒崎陽(くろさきあきら)が端末を操作してエラーを解除していた。長身の黒崎はどこにいてもよく目立つ。鋭い視線と皺ひとつない制服がどこか近寄りがたく、由紀は少し苦手だった。

 

「遅刻ギリギリですね」


 嫌味を言いながらもその動きは素早い。

 

「すみません……ありがとうございます」


 由紀は息を整えながら、ようやく自分の持ち場があるフロアに入った。

 吹き抜けになった5階分の天井は遥か彼方まで届き、壁一面にはびっしりと本が並んでいる。通路はその壁に沿ってぐるりと囲まれ、まるで本の迷宮に迷い込んだかのようだ。

 貸し出し可能な書籍は500万冊。それに加え、地下に眠る古書や資料、非貸出蔵書は1,500万冊に上る。現代日本でこれだけの蔵書数を誇る図書館は、他に存在しない。

 天井から吊るされた自動書架が滑るように動き、書物を運ぶロボットが静かに通路を行き来する。

 それを確認した彼女は満足そうに頷くと、軽い足取りで朝の巡回を始めた。


 書架をチェックしながら歩く由紀の前に、桐生智也(きりゅうともや)が現れる。胸に「Libria」とロゴの入った白いポロシャツを着ている。このアークライブラリに息を吹き込んだ株式会社リブリアシステムズの天才エンジニアである。

 

「おはよう、朝倉さん。昨日の書架の調整に少し時間がかかりそうだから、今日はこちらで手伝おうと思って」


 寝坊して未だ動きが鈍っている由紀の頭には、彼の爽やかな笑顔が眩しかった。

 

「おはようございます、桐生さん。助かります」

 

 気楽なやり取りを交わす間にも、館内には機械音やドローンの羽音が絶えず響いている。


 桐生と別れ、由紀は再び仕事に戻った。棚の一部が、ほんのわずかに動きの遅れを見せていることに気づく。


「AIだって、たまには息抜きが必要なのかもね」


 日常の些細な出来事に、由紀は小さく笑みを浮かべた。

 そうして今日も一日、館の仕事を始める準備を整えた。

 

 

『館もの+クローズドサークル』系のサスペンスという王道かつ大好きな(読者として)ジャンルにチャレンジすることにしました。

現代で、“隔離され外部と連絡も取れない”という現実的ではない状況を、“AIが暴走したら”といういかにもな発想に丸投げして書いてます。

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