満ちるもの
朝の宿場町を抜け、二人は川沿いの道を東へと歩いていた。
水音が絶え間なく響き、澄んだ流れに陽光がきらめく。
道端には背の高い草が揺れ、時折、商人や旅人とすれ違った。
「……薬草摘みなんざ子供の仕事だろ」
葛葉は煙管をくわえたまま、面倒そうに呟いた。
「でも報酬は必要だ。旅を続けるなら金は欠かせない」
ライネルの答えは真剣で、言葉に迷いはなかった。
葛葉は肩をすくめ、へらへら笑った。
「まあ、働かざる者飲むべからずってな」
⸻
やがて、川沿いの斜面に鮮やかな花畑が広がっているのを見つけた。
季節外れに咲き乱れる花々は、陽を受けて淡く光り、風に揺れてさやさやと鳴っている。
空気は瑞々しく、胸の奥まで澄んでいくようだった。
葛葉は足を止め、目を細めた。
「……おやおや、こいつは珍しいもんに出くわしたな」
懐から小さな徳利を取り出し、地面にそっと置く。
すると――中身の空っぽだったはずの徳利が、底からじわじわと透明な液体に満たされていった。
花畑の色はさらに鮮やかに映え、香りがふわりと風に乗る。
ライネルは息を呑み、その光景をただ見つめた。
「……本当に、不思議だな」
やがて徳利は半分ほどで止まり、それ以上は増えなかった。
葛葉は未練がましく覗き込み、肩を落とした。
「……ちぇっ、もう行っちまったか」
それでも立ち上がると、徳利を抱えて小躍りした。
「へっへっへ、儲け儲け! これでまたしばらくは安泰だ!」
雪下駄を鳴らして踊る姿は、妖狐というよりただの呑兵衛のようだった。
ライネルはその様子に苦笑しつつも、心の底からただ「不思議だ」と思うしかなかった。
葛葉は紫煙を吐き、口端を歪める。
「龍脈ってのは絶えず動き続けてる。こうして溢れた場所を見つけられるのは滅多にねえんだ」
⸻
やがて道は森の入り口へとたどり着いた。
木々は濃く茂り、昼だというのに中は薄暗い。
風に揺れる枝葉のざわめきの中に、妙な違和感があった。
折れた枝が散乱し、焚き火の残りかすが草むらに転がっている。
獣の痕跡ではない、人の手による乱れ――。
ライネルは眉をひそめ、周囲を見渡した。
「……誰かが、この森で野営してる」
葛葉は煙管をくわえ直し、にやりと笑った。
「へえ……山賊でも潜んでやがるのかね」
森の奥からは、ひそやかな気配が漂っていた。
二人の初めての依頼は、静かに不穏な影を帯び始めていた。