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初依頼

ギルドでの登録を終えた二人は、掲示板の前に立っていた。

羊皮紙に書かれた依頼がずらりと並び、冒険者たちが群がっている。


「へぇ……こんなにあるのか」

ライネルは目を細め、一枚一枚を読み取っていく。


葛葉は隣で首をひねり、煙管をくわえたままぼやいた。

「ちっ、字が読めねえ。どれが酒代になりそうなやつだ?」


ライネルはため息をつき、呆れたように答えた。

「……真面目に聞けよ。旅を続けるにしても、収入は大事なんだ。宿代も食費も、ただじゃない。冒険者は、そのための手段なんだ」


葛葉はにやりと笑い、紫煙を吐き出した。

「なるほどな。俺はてっきり、でっけぇ剣を振り回して英雄にでもなるつもりかと思ったぜ」


「そんなつもりはない。ただ、生きるために必要なんだ」

ライネルの声は固く、拳を握る指先に力がこもる。


葛葉は肩をすくめた。

「なら、安定して金になるやつを選んでくれよ。……俺は読めねえからな」


ライネルは掲示板から一枚の紙を抜き取り、受付に差し出した。

「――薬草の採取を受けます」


受付嬢は紙を受け取り、確認して頷いた。

「はい、新米向けの依頼ですね。指定の薬草は《ジルバーウルツ》といいます。

 日陰の湿った場所を好みますから、今回はここから川沿いに東へ進んだ先の森に群生しています。

 ただし似たような草も多いので、注意してください」


そう言って、小さな標本を見せる。

葉の先が白く透けるのが特徴だった。


ライネルは真剣に顔を近づけ、細部まで目に焼き付ける。

「……分かりました。間違えません」


葛葉は煙を吐きながら顔をしかめる。

「また森に入るのかよ。前に狼に追っかけられたばっかりだぞ」


ライネルは首を振り、落ち着いた声で答えた。

「安心しろ。今回は別の森だ。ここから川に沿って東へ進む先だって言ってただろ」


葛葉は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。

「……そうか、別の森か。なら少しはマシかもな」


そう言いながらも、すぐにぼやきに戻る。

「でもまあ、葉っぱ摘みなんざお前一人でやればいいだろ。俺は宿で寝て待ってるからよ」


ライネルはきっぱり首を振る。

「駄目だ。依頼は“二人で受けた”んだ。報酬を渡す気もない」


「げっ……報酬ナシかよ」

葛葉は雪下駄で床をこつこつ鳴らし、しばし唸ったあと、大きなため息をついた。

「ったく、働かざる者飲むべからずってか。……分かったよ、付き合ってやらあ」


口では渋っていても、目の奥はどこか楽しげだ。



宿場町の大通りは、人と荷車と掛け声でごった返していた。

露店には干し肉や干し魚、果物や旅装束が並び、行き交う商人が値切り交渉を繰り広げている。

遠くでは鍛冶場の金床を打つ音が響き、馬の嘶きが重なる。


「……まずは保存食だな」

ライネルは干し肉を売る露店の前に立ち、値を確かめる。

財布の中身とにらめっこしながら、三日分の食糧を買い揃えた。


葛葉はその隣で、串焼きの香りに鼻をひくひくさせていた。

「おいライネル、準備なんざ後回しにして、まずはこっちだろ。ほら、肉が焼けてる」

「駄目だ。森に入ったら腹を満たす余裕なんてない。先に必要な物を揃える」

「けっ、堅物だねぇ」

渋々引き下がりつつも、葛葉はちゃっかり一本買って口にしていた。


次に、薬草を入れるための袋を布屋で買う。

厚手の布でできた袋を見せられると、ライネルは試しに手を伸ばし、頷いた。

「これなら採った草を潰さずに済む」

「袋なんざなんでもいいだろ。藁でも詰めときゃ十分だ」

「……分かってないな。薬草は繊細なんだ」

ライネルの真剣さに、店主は笑みを浮かべながら袋を差し出した。


さらに道具屋では、火打石や油を買い足した。

ライネルが必要な物を吟味している間、葛葉は店先のガラス瓶をじっと見ていた。

中には琥珀色の液体――酒だ。


「……なあライネル、予算に余裕があるなら一本くらい……」

「ない」

即答され、葛葉は肩を落とした。

「ったく、夢のねえ買い物だな」


会計を終えたところで、ライネルは葛葉に鋭い視線を向けた。

「お前の分で余計に出費がかさんでるんだからな。……ちゃんと働いてくれよ」


葛葉は一瞬きょとんとした後、ぷはりと煙を吐き出し、笑った。

「へいへい。堅物に心配かけるわけにもいかねえしな。……ま、俺に任せとけ」

言葉とは裏腹に、どこか胡散臭い笑みだった。


それでも食糧と道具と袋を揃え、二人は準備を整えた。

夕暮れの町並みには赤い灯がともり、宿場町の活気はさらに熱を帯びていく。

旅籠からは笑い声、露店からは香ばしい匂いが漂っていた。


葛葉は煙管をくわえ直し、紫煙を吐きながら呟いた。

「……さて、明日はまた森か。どうなることやら」


ライネルは依頼書を確かめ、懐にしまい込む。

その目は真っ直ぐで、迷いはなかった。

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