職探し
夜更け、二人は宿の一室に転がり込んだ。
薄い布団と油の匂いが漂うだけの簡素な部屋だが、外の冷気を思えば天国だった。
葛葉は煙管に火を点け、紫煙を吐きながら天井を見上げる。
「……そういやよ。成り行きでここまで来たが、お前、何しに来たんだ?」
ライネルは少しの沈黙の後、まっすぐ答えた。
「……俺は冒険者になる。冒険者ギルドに登録して、仕事を得るんだ」
葛葉は眉をひそめる。
「冒険者ギルド? なんだそれ」
「知らないのか……?」
ライネルは不思議そうに見返した。
葛葉は肩をすくめ、にやりと笑う。
「俺はこの世界の人間じゃねえからな。常識ってやつが抜けてんだよ」
ライネルは言葉を選びながら説明した。
「冒険者ギルドは、冒険者を束ねる組織だ。
魔物退治や護衛、探索……依頼を受けてこなすことで金を得る。
危険は多いけど、仕事は安定してるし、信用も得られる」
葛葉は紫煙を吐き出し、薄く笑った。
「ふん……要するに職安か」
「……しょくあん?」
ライネルが首を傾げる。
「いや、気にすんな。別の国の話だ」
葛葉は布団に背を投げ出し、くつくつと笑った。
「ま、金を得る窓口があるってのは便利なもんだ。俺も覗いてみるか」
⸻
翌朝、二人は宿場町の大通りを歩き、ひときわ大きな建物の前に立った。
厚い木扉、石造りの壁、出入りする人々のざわめき――そこが冒険者ギルドだった。
掲示板には依頼書が貼られ、若者や傭兵たちが群がっている。
「ほう……ここがギルドってやつか。活気があるな」
葛葉は面白そうに周囲を見渡す。
ライネルは深呼吸し、扉を押し開いた。
中は広いホールで、木の机や椅子が並び、冒険者たちが談笑している。
正面のカウンターには帳簿を手にした職員が座っていた。
「登録をお願いしたい」
ライネルは受付に歩み寄り、静かに告げた。
職員は顔を上げ、若者を一瞥してから頷いた。
「氏名、年齢、生まれた村や町を記入してください」
羊皮紙と羽ペンが差し出される。
ライネルは緊張した手でペンを取り、かつての村の名を震える文字で記した。
横から葛葉が身を乗り出す。
「おい、俺も書いとけ。字は読めねえし書けねえからな」
「……は?」
ライネルは思わず顔を上げる。
葛葉は煙管をくわえたまま、にやりと笑った。
「名前は葛葉、年は二十代ってことで。出身は――お前と同じ村でいい」
「勝手に……!」
ライネルは抗議しかけたが、受付嬢が怪訝そうに見ているのに気づき、仕方なく同じ村名を記した。
葛葉はそれを見て満足げに頷く。
「ほらな、同郷ってことにしときゃ便利だろ?」
ライネルは奥歯を噛みしめながら、深いため息をついた。
職員は用紙を受け取り、説明を続ける。
「これで仮登録です。正式に証を渡すには――力量試験を受けてもらいます。
物理戦闘か魔法か、選択してください」
⸻
ライネルは迷わず答えた。
「……物理を」
訓練場に案内され、木剣を手渡される。
ライネルは一度深呼吸し、幼いころ村の剣士に習った構えを思い出した。
ぎこちない足運びで踏み込み、人形に一撃を打ち込む。
乾いた音が響き、木剣が小さく跳ね返る。
試験官は頷いた。
「未熟ではあるが、真剣さは十分。――合格だ」
ライネルの胸に熱いものが広がる。
これで、ようやく自分の居場所を得られる。
その横で葛葉が手を挙げた。
「次は俺だな。魔法で頼む」
煙管をくわえ、にやりと笑う。
紫煙を吸い込み、勢いよく吐き出すと――炎が渦を巻き、巨大な火球となって宙に浮かんだ。
周囲の冒険者志望者たちがどよめく。
「おお……!」
「すげえ火球だ……!」
葛葉は肩を揺らして笑った。
「どうだい、派手だろ?」
試験官は目を見開き、驚きながらも頷いた。
「……見事だ。十分な力量と認める」
葛葉は紫煙を吐き、にやりと口端を吊り上げた。
「だろ?」
ライネルは横目でそれを見ながら、胸の奥がざわめいた。
――あれは本当に魔法なのか?
けれど、この場で問いただすことはできなかった。